2
すっぽり包み込む温かさが気持ち良くて、一日中張り詰めっぱなしだった肩の力が抜けていく。
「――安藤、一緒に暮らそう」
じわじわと心に染み込む、低く柔らかい囁き声。
本当に、この感覚には滅法弱い。
「お前がそこまでこの狭苦しい家にこだわるなら、俺が越して来てもいい」
「せ…狭苦しいとか、失礼だぞ!」
珍しくそんな風に気持ちをぶつけられるのが気恥ずかしくて照れ隠しのつもりで三澤を睨み付けたが、真っすぐなその瞳に捕まって、どうしたらいいか分からなくなってしまった。
「…何年経っても俺はお前より年上にはなれない。だからその下らないプライドはもういい加減に諦めて捨てろ」
「何だそれ。超自分勝手じゃねえか…」
「今更気付いたのか」
「いや。前から知ってたけど」
――クソッ、完敗だ。
いつだって俺は、この御曹司には敵わない。
三澤がこんなに勝手な理屈で俺を求めてくる事が、何故か心底嬉しくて。
こうやって理不尽に振り回されると分かっていても、寝る前にその顔が見たいから、無理をしてでも家に帰ってきてしまうんだ。
「…もし…」
「ん?」
ごにょごにょ呟く俺の顔を、三澤がひょいと覗き込んできた。
最初は人を見下したようにしか見えなかった瞳の中に、今は優しさを感じる事が出来る。
これからもまた、何か新しい発見があるのだろうか。
二人で一緒にいる時間が増えれば、きっと…。
「もし、あの部屋に俺が引っ越したとしても…。――あ、あの窓ガラスでの鏡張りプレイだけは絶対にしねーからな」
「鏡張りプレイ?」
「あんな恥ずかしい思いは、もう二度と御免だ!」
それを、遠回しな契約成立のサインだと理解してくれたのだろう。
生意気な年下の御曹司は、一瞬片眉をピクリと跳ね上げた後、すぐに意地の悪そうな笑みを浮かべて耳元に囁きかけてきた。
「たった一回のあのプレイを忘れられない程感じたのか。また、何度でも鳴かせて可愛がってやる」
「お前…。せめてもうちょっと18歳らしく生きたらどうだ」
低く響く、くぐもった笑い声。
「18歳のぬるいテクではお前が満足しないだろう」
「…もう黙れ」
最後まで言う前に、そっと唇をふさがれて抵抗する術も気力も失ってしまう。
このクソ忙しいのに、引越も、それに伴う手続きも、面倒な事ばかりだけど。
この温もりにもう少し近付くために頑張ってみよう。
俺だけのこの優良物件を、もっと深く知りたいと思うから。
end.
(2008.6.13)
(*)prev next(#)
back(0)