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秋の人事異動を終え、課長に昇格してからはや数週間。
慣れない仕事のせいで帰る時間はいつも遅く、自宅の扉を開ける時にはもう立っているのも辛いと思うほど忙しい日々が過ぎていた。

通勤に要する時間を考えると、会社にそのまま泊まった方が楽なんじゃないかと思う夜もある。
だが俺は、日付がとうに変わって朝が近付いている時でも必ず家に帰ろうと決めていた。



「遅かったな、安藤」
「だから…わざわざ起きて来るなって」

終電すらなくなってタクシーで帰宅した俺を、ふんわりと優しい温もりが包み込む。
ついさっきまで寝ていたのか、小さく欠伸をしながら玄関に出て来た男がまだ靴も脱いでいない俺の身体を抱いてきた。

「…お前さ、たまには自分の家に帰れよな。あんないい部屋空けとくとか馬鹿じゃねえの」

最初は戸惑いの連続だった御曹司の扱いにも徐々に慣れてきた俺は、抱き着かれたままもぞもぞと靴を脱いで家に上がり、やんわりその腕を解いてリビングに向かう。
後ろから、不機嫌そうな低い声が聞こえてきた。

「ウチに越して来いと言っているのに、お前がいつまでたってもいい返事をしないからだ」


結局、中古物件という点を差し引いても最上階の魅力が勝ったらしい。
三澤は、同じマンション内でフロアだけを変更するという小さな引越をして、満足のいく最高の物件を手に入れた。

そのはずなのに。
コイツはいつの間にかちゃっかり俺の家に上がり込み、狭いだの何だの文句を言いながらも頻繁に泊まっていくようになったのだ。
まあ…今の忙しさだと本当に、三澤が泊まりにでも来ない限り顔を合わせる機会がないかもしれないから、俺もあまりうるさい事は言わないが。

「あの部屋の何が不満だ。こんな、ウチの玄関ほどの広さしかない賃貸マンションの一室よりよっぽど快適な生活が送れるぞ」
「…お前ん家の玄関はどれだけ広いってんだよ」

相変わらず一度の会話中に三回くらいは殴りたいと思う事がある。
それでも、慣れというのは恐ろしいモノで、俺はこの生意気な御曹司と何とかそれなりの関係を続ける事に成功していた。

「俺にだってプライドってモンがあるんだからな。年下の男の家に厄介になるなんて、そんなみっともねえ真似が出来るか!」

グダグダとスーツを脱ぎ、ネクタイを外して部屋着に着替えようとしたところで、がっしりと身体を抱きしめられて身動きがとれなくなってしまった。

「おい…、離せって」
「離したくない」
「……」

時間と共に相手の扱いに慣れたのは三澤も同じなのだろう。
俺が強くは断れないと知って、コイツはこういう時たまに甘えた顔を見せるようになった。




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