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握られた腕からスーツ越しに熱が伝わってくる。
「三澤様…手を離して下さい」
動揺を悟られないよう、やんわりとそう言って腕を払おうとしたが、三澤はそれを許してくれなかった。
「その胡散臭い笑顔と心にもない敬語を止めたらどうだ」
「な…何を…」
俺のサラリーマン人生の集大成ともいえる営業スマイルを胡散臭い扱いされて、さっきまで何となく感じていたもどかしいような切なさは一瞬にして消え去っていく。
相変わらずの憎たらしさについ顔が険しくなり、自分の腕を掴んだまま動かない御曹司を睨み付けたが、三澤はそれを全く気にしていない様子だった。
「安藤、やはりお前は馬鹿だな」
「馬鹿!?」
自分より一回り以上年下の若造に、何故イキナリ馬鹿呼ばわりされなければならないのか。
しかも“やはり”って何だ。二重に失礼だろ。
さすがにこれには黙っていられず、何かひと言返してやろうと思った瞬間。掴まれた腕をグイッと引き寄せられ、俺の身体はすっぽり三澤の腕の中に納まってしまった。
「おい!何すんだよ!」
「俺がせっかくお前を諦めて手放そうと決めたのに…。そんな顔をして会いに来られたら、諦められなくなるだろう」
「はっ!?」
その言葉の意味を理解するより前に。
腰を抱き寄せる腕に力が入り、近付いてきた三澤の形のいい唇に俺の口はふさがれていた。
「んっ…、ん、…ッ」
ヤバい。またあのキスだ。
強引に割り込んできた舌に、身体の芯まで溶かされていく甘いキス。
「俺は…マンション販売の話をしに来たんだぞ…!」
何とか唇を離して言えたのはそれだけだった。
僅か何秒かのキスで、身体の奥にはしっかり熱が生まれ、声がかすれたものになってしまっているのが自分でも分かる。
「そんな事でお前が手に入るならこのマンションごとだって買ってやる」
「えっ…ちょっと、何…!おいっ!?」
ムカつく金持ち発言とともに、三澤は俺の身体を米俵のようにひょいと担ぎ上げ、悠々と歩き出した。
この部屋の間取りは熟知しているので、聞かなくても行き先は分かる。
数週間前のいかがわしい思い出が残るあのベッドルームだ。
「お前、何考えてるんだよ!」
「お前が今考えてるのと同じ事だ」
「イヤ、俺は何も考えてねぇよ!」
ここに来たのはただもう一度三澤に会って話をしたいと思ったからであって、断じてあんな行為のためではない。
必死になって抵抗しようとしたが、担ぎ上げられた後ではじたばた暴れても格好悪いだけだ。
細身に見える身体は意外に屈強に出来ているらしく、三澤は軽々とした足取りでベッドルームに入ると、夜景の写し出された窓際のベッドにそっと俺を下ろしてその上に跨がった。
「…まさか、またケツに指を突っ込んだりしようってんじゃねぇだろうな」
悔しい事に、その顔には年齢不相応の色気が滲んでいて、思わず見とれてしまう。
さっきまで憎らしいガキだと思っていた男は、いつの間にか成熟した一匹の牡の顔をして俺を見下ろし、熱をもった指先で頬に触れてきた。
「今度は指よりもっといいモノを入れてやる」
「…お前…どこのオヤジだよ…」
エロ漫画の読み過ぎだとしか思えないひどいセリフに呆れながらも、その声と瞳があまりにも優しくて。
俺はネクタイを解き始めたその手に抵抗しようという気にはなれなかった。
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