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最後の言葉が“お前の精液は濃い”か…。
一体俺のアレはどんだけ濃かったというんだ。何だかいたたまれない気持ちになってくる。

「係長、またため息が出てますよ」
「んー…。これはもう癖だな」

またしても小杉の声で現実に戻り、もう一つため息をつく。

あんなに嫌だったはずの御曹司からやっと解放されたというのに、最近俺の頭の中はアイツの事ばかりだった。
たった一ヶ月の間にすっかり三澤に振り回される生活が染み付いてしまったようだ。

「三澤様は係長に随分懐いていたようですからね。契約が決まって会えなくなったら少し淋しいんでしょう」

ふふ、とからかうように笑う小杉の顔を、馬鹿な事を言うなとばかりに睨みつける。

「誰が懐いてたって?あんなのは金持ちの嫌がらせだろ。毎回ヒトをあちこち連れ回しやがって」
「そう言いながらも結構可愛がっていたんじゃないですか。公園デートの話は最高でした」
「あのなぁ…」

公園デートと言われて、また思い出したくもない記憶がよみがえってきた。

物件を探し始めて間もない頃。
日曜日の朝、突然“公園近くのマンションが見たい。ついでに公園も案内しろ”という電話がかかってきて問答無用で、デートスポットとして名高い公園に呼び出された事があった。
それだけならまだ我慢できるものを、何故か三澤の命令で俺は、男二人して手漕ぎボートに乗りながら白鳥に餌をやるという屈辱的プレイを味わうハメになったのだ。
周りのカップルどもの痛々しい視線は今でも忘れる事ができない。

そんな状況を恥ずかしいとは全く思わないのか、三澤は涼しげな顔でひと言。

『楽しいか、安藤』

――思えば、三澤に対して初めて殺意を覚えたのがこの瞬間だったのかもしれない。

楽しいかって…。男二人でボート乗って楽しいワケねぇだろうが!
しかも何だその言い方は。まるで俺が頼んで無理矢理付き合ってもらってるみたいじゃねぇか!
と、思っていても口に出せない俺が、どうやってその場を切り抜けたのかはよく覚えていない。

その後も三澤は、何かと口実をつけて物件探しとは全く関係のない場所へ俺を誘うようになった。


「今の係長は抜け殻状態ですね」
「好き勝手言うな」
「これでも心配してるんです」

淋しいという自覚は全くないが、確かに俺は今の平穏な生活に何かが足りていないと感じていた。

『楽しいか、安藤』

俺といる時、よく三澤がそう言ってきたのを思い出す。

あの時は何とも思わなかったが、多分、楽しかったんだ。

呼び出されて無理矢理行った設計デザイン展も、北欧家具の展示イベントも、今思えばあれは三澤の趣味じゃない。
仕事さえなければ自分で行きたいと思っていたような場所ばかりだった。

もしかして、あの不器用な御曹司なりに俺を喜ばせようと考えてくれていたんだろうか…。

『結局、手放すという方法でしかお前を喜ばせる事が出来なかったのが残念だ』

あの時の言葉の意味が、ようやく分かった気がした。

「――小杉、悪い。確かあのマンション…」
「はい?」

急に胸の奥がざわついて、俺の身体は、もう二度と会わないと思った男に会うために動き始めていた。





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