第1話 3



 例えば、誰かを想うだけで胸が苦しくなるような。

 たった一行のメールに舞い上がったり、すれ違った瞬間に頬が熱くなったり。何気なく交わした一言を、心の中で何度も繰り返してみたり。
 そんな風に誰かを好きになって……。
 そして出来れば、そいつが俺を好きになってくれたらいい。

 ――なんて。
 明治時代の女学生か、俺は。

 褌を締めて仁王立ちで変な妄想を膨らませている自分に気付き、急に、そこら中を叫びながら走り回りたいくらいの羞恥心が沸き上がってくる。

 褌仲間の間でもガチガチの硬派だと思われている俺が、実は誰よりも恋に憧れているなんて、笑い話にしかならないだろう。
 恋という言葉が似合わないのは、自分が1番よく分かっていた。

 健全な男だから当然、29年も生きてきてキレイな身体とは言わないし。
 ハッテン場で気が合った奴と抜き合いをした事もある。一度でいいからと頼まれて、一晩だけの相手を抱いた事だってある。
 男同士なんて、そんなもんだ。

 でも。
 後ろだけは、まだ誰にも許した事がなかった。
 そこを使って繋がるなら、それは本気で好きな奴としかしたくないから。

「……とか言って、一生バックはバージンのままだったりしてな」

 自分をからかうように呟いてみた声は、少しだけ、寂しさが滲んでいた。


 いつか、誰かと恋に落ちたい。

 ガラじゃないのは分かっているけど。
 それでも、そんな事さえ考えられなくなるくらい夢中で好きになれる男に、出会いたい。


 再び夢見がちな思考に陥りかけていた思考を現実に引き戻すように、テーブルの上に置きっぱなしだった携帯が短く鳴った。
 仲間からのお誘いメールだろう。

「そろそろ行くか」

 時計を確かめて、褌の上につなぎを着る。


 出会いは、きっと訪れる。
 もしかしたら今夜が、その夜かもしれない。


 舞踏会へ出掛ける昔話の主人公のように、期待に胸を膨らませながら。
 つなぎの下にキッチリ褌を締め込んだ俺は、歩き慣れた夜の街へと足を向けた。




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