第2話 2



 一緒に仕事をしていて分かった事なのだが、橘課長は外見のダサさはともかく、社員としてはかなり優秀な部類に入る出世株なのだ。

 いつもちゃんと部下を見てくれているし、見かけによらず頼りになる。
 最初はその外見に引き気味だった俺も、今では初めての上司が橘課長で良かったと尊敬の眼差しを向けるようになっていた。

 あのファッションセンスだけをどうにか出来れば、橘課長は女性陣にとって魅力的な男性になるのでは……。
 そう思って呟くと、里井さんは難しい顔で首を横に振った。

「自分なら橘課長を改造できるんじゃないかって彼女候補に名乗りをあげた子は今まで何人もいたんだよね」
「あれっ、課長、結構モテるんじゃないっすか」
「そりゃ、将来有望な出世株で競争率の低そうな大穴物件とくれば皆黙ってるワケがないでしょ」
「うわー、女って怖いっす……」

 彼女達はふわふわした柔らかい笑顔の下に獰猛な肉食獣の顔を隠しているのかもしれないという事を、社会人になって初めて知った。

「で、今も課長がダサいままって事は、結局皆さん失敗しちゃったって事っすよね」

 今現在、橘課長に彼女がいそうな雰囲気は微塵も感じられない。

 その理由を、里井さんはため息をついて心底残念そうに教えてくれた。

「それがね……ウチの課長、どうやら筋金入りの美少女アニメおたくらしいんだよねー」
「びっ、美少女アニメ!?」
「アタックした子達は皆『三次元の女に興味ないから』ってバッサリ切り捨てられちゃったんだって」
「すげえ……。橘課長、スゲー!」

 三十過ぎて美少女アニメおたく。
 その痛々しい事実を隠す事もなく、三次元の女に興味はないと切り捨てる姿に、むしろ清々しさを感じてしまう。

 というか、あの外見だと美少女アニメおたくだと言われても何の意外性もなく、素直に納得できる。

「あーもう、本当勿体ないなあ!」

 本当に、色々な意味で勿体なさ過ぎる課長だ。

「ま、橘課長はアレでイイ上司ですし。目の保養なら営業三課の矢名係長がいるじゃないっすか」
「ヤナ係長ぉ?」

 残念がる里井さんを宥めようと、橘課長の同期でKRS社のキラキラ王子と呼ばれる営業係長の名前を挙げた途端、イケメンハンターの眉間にギュッとシワが寄った。

「冗談でしょ、あんなギラギラした勘違いイケメンなんて目の保養になる訳ないじゃん」
「でも、矢名係長って外見だけならかなりイイ感じじゃないスか」
「男は外見じゃないんだよ、間宮君!」
「……今までイケメンイケメン言ってたくせに」

 イケメンハンターにここまで嫌われる、某アイドル事務所を意識したようなキレイ系の係長は、過去に何度も女性絡みの問題を起こしている下半身の緩い“勘違いイケメン”らしい。

 ダサい男だと見下していた同期の橘課長が自分より先に、しかも異例の早さで課長職に昇進したのが面白くないらしく、総務にちょくちょく顔を出しては先輩達に面倒な雑務を押し付けて偉そうに指図する姿を何度か見ていることもあって、俺も矢名係長に対してはあまり良い印象を持っていなかった。

「あーあ、矢名さんのファッションセンスをウチの課長が吸収してくれればなあ……」
「間違って下半身の緩さまで吸収しちゃったら大変な事になりますよ」
「んー、ホントもったいないなー! ウチの課長は!」

 そんな流れで終わる里井さんとのいつもの会話で休憩時間をダラダラ過ごしていたこの時。

 俺はまだ、橘課長の隠された素顔に全く気付いていなかったのだった。



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