第15話 宣戦布告は爽やかに。




○●○


「今日はありがとうございました」

 接遇研修を終えた野上さんを応接室へ案内して来客用のお茶を出すと、野上さんから、二時間の研修で女性社員の心を鷲掴みにした爽やかスマイルが返ってきた。

「こちらこそありがとうございました。さすが一流デパートの社員さんは皆さんお客様への心遣いが違いますね。いい研修をさせて頂きました」
「そ、そうですか? 今日は特に女性陣も気合いが入っていたから……」
「間宮さんも、フレッシュないい笑顔でしたよ」
「ありがとうございます」

 どうしよう。
 野上さんはすごくいい人なのに、気まずくて目を合わせられない。

 見ているだけで人をなごませてくれる素敵な笑顔の裏に悲しい過去が隠されているんだと知っていて、何も知らないかのように自然に接するだけの器用さを残念ながら俺は持ち合わせていなかった。

「あの、今、橘が来ますので少々お待ち下さい」

 こんな時に限って、課長は本社からの電話が長引いてすぐには来られないなんて。
 いや、でも。二人が顔を合わせる場に立ち会わなくて済むんだから、それはそれでよかったのかもしれない。

 若干挙動不審気味になりながら課長の名前を出して、なるべく自然に応接室から出ようとジリジリ後退すると、野上さんは堪えきれないといった様子で噴き出し、笑い始めた。

「の、野上さん?」
「そんなに気を使わないで下さいよ。ついからかって意地悪したくなっちゃうじゃないですか」
「えっ」

 意地悪って、野上さんが俺に?

 一体何がツボにはまったのか、人懐っこく見える瞳に涙を浮かべてしばらく笑い続け、爽やかな元ホテルマンはそれまでの仕事用ではない笑顔を俺に向けた。

「恭輔から昔のことを聞いたんでしょう」
「や、あの、俺は別に」
「間宮さん素直だから、何とか気にしないように自然にしていなきゃって考えてるのがバレバレで……さっきからもう可愛くて可愛くて」

 突然笑い始めた野上さんに、俺の頭は混乱し始めていた。

 どうして野上さんは、橘課長が二人の関係を俺に話したと知っているんだろう。
 前に会ったときは、お茶出し係としてちょっと挨拶しただけなのに。そんなに俺の挙動がおかしかったんだろうか。

「この間、飲みに誘った時に“やっぱり今日は可愛い恋人との先約があるから”って断られてすぐに分かりましたよ」
「こここ、恋人って」
「昔の詫び代で俺に奢らせる気満々だったくせに、間宮さんがいなくなっちゃった途端慌てて断りを入れるんだから」
「あの、野上さん、違うんです」

 あの人は一体何を考えているんだ。

 せっかく野上さんに再会できたのに、俺のことを恋人なんて紹介して。

「多分、間宮さんに変な誤解をされたんじゃないかって気付いて動揺したんでしょうね」
「誤解というか」

 むしろ誤解しているのは野上さんの方で、課長は俺が無理矢理持ちかけた期間限定のお試し恋人役を完璧にこなしてくれているだけなんです!
 ……とは、いつ誰が外を通るか分からない会社の応接室ではさすがに言えないのが辛い。

「俺の知っている橘恭輔は、何があってもあまり表情を変えずに何でも要領よくこなす男だったから、あの慌てっぷりはなかなか新鮮でした」
「……」



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