第13話 ヒヨコが恋に目覚めたら。
○●○
「恭輔兄貴の元彼……!?」
「シュウさん、声が大きいです!」
外せない約束があるなんて嘘をついて、課長に捕まらないようにと終業のチャイムと同時に会社を出た俺が向かったのは、やっぱり『CLUB F』だった。
いつものカウンター席で隣にはシュウさんと鮎川さんという配置に、お邪魔虫的な申し訳なさを感じつつ、お気に入りのカクテルに口をつける。
本当はただ誰かと一緒にちょっとお酒を飲みたかっただけで橘課長の話をするつもりはなかったのに、シュウさんとデート中だった鮎川さんに「ぴよケツ君、恭輔さんと何かあった?」とあっさり動揺を見抜かれてしまったのだ。
いつもお世話になっている二人にだったら今日の出来事を話してもいいかなと思って橘課長の昔の恋人らしき爽やかさん登場についての流れを簡単に説明したところ、何故かシュウさんが大興奮で俺の肩を掴んでユサユサと揺すってきた。
「おい、何のんびり桃みるくなんて飲んでやがるんだ! 今からでもいいから突撃して恭輔さんを奪い返してこい!」
「奪い返すって……久々に再会して飲みに行くのを邪魔しちゃ悪いじゃないすか」
「ふざけんな、3P希望かてめぇは!」
「さ、3P?」
「訳の分からねえ野郎の乱入を許すってのはそういうことだろうが!」
「眞木さん、落ち着いて下さい。ぴよケツ君が怖がってますよ」
逞しい腕で俺を容赦なく揺さ振るシュウさんを、鮎川さんが慌てて止める。
飲んだばかりのお酒が危うくミックスされて出てくるかと思った……。
フラフラと揺れる俺をそっと支えて、鮎川さんが申し訳なさそうに笑い、追加のドリンクとソーセージの盛り合わせを頼んでくれた。
「ごめんね、ぴよケツ君。眞木さんは最近三角関係モノのドロドロ系恋愛ドラマにハマっているんだ」
「ドロドロ系恋愛ドラマ、っすか」
「恭輔さんとぴよケツ君がドラマの状況と重なって興奮しちゃったのかも」
シュウさんが恋愛ドラマとは、かなり意外かもしれない。
テレビを見るにしても野球と競馬くらいにしか興味はなさそうなイメージなのに。
思ったことがそのまま顔に出てしまったのか、シュウさんは恥ずかしそうに目の前のソーセージをつまみ上げてエロい食べ方でパクパクしながら呟いた。
「ああいう煮え切らない奴らはな、イライラして見てられねえんだよ」
「その割には毎週録画までして楽しみに見てるじゃないですか」
「うるせえ!」
乱暴な口調も、照れ隠しだと分かるから何だか可愛く見えてしまう。
いつもは男らしくて頼もしいシュウさんが、鮎川さんの前でだけこんな可愛い表情を見せるのかと思った時に、ふと思い浮かんだのは橘課長の顔だった。
きっと、残念なダサ男リーマンも、野獣のフェロモン漂う危険な褌兄貴も、本当の橘課長じゃない。
橘恭輔という男の素顔を、俺はまだ知らない。
いつか誰かが、課長にもう一度恋をしてもいいかと思わせて、それで課長が幸せになってくれたら……なんて思っていたけど。
野上さんと親しげに話す課長の姿を見て、本当は“いつか誰かが”じゃなくて、誰よりも俺が、課長を独占したいだけなんだということに気付いてしまった。
デート術レッスンのための恋人契約なんかじゃなくて、ただ、課長と一緒に幸せな時間を過ごしたいと。
そんなことを、いつの間にか願うようになってしまっていたなんて。
「あの、俺……」
「何だよ、気になるならDVDを貸すぞ」
主人公が3人ともガチムチ系だから絡みのシーンがキツいかもしれねえけどな、と言葉を続けるシュウさんの声も、耳に入ってすぐに流れ出てしまう。
「――もしかしたら、課長のことが好きかもしれない……っす」
今まで気付かなかった自分の気持ちを口に出してしまった瞬間。
示し合わせたかのように、シュウさんと鮎川さんの手から同じタイミングでソーセージが落ちた。
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