第11話 大人の常識。




○●○


 褌プレイ宣告を課長のいつもの際どい冗談として何とか受け流し、新しい褌を手にウキウキと課長のお宅にお邪魔した俺は。

「課長、待って下さい! お、お座り! おあずけ!」
「上司を犬扱いか。どうせなら“ちんちん”くらい言ってみせろ、間宮」
「うおっ!? 何でもうそんなガチガチに勃ってるんですか! 擦りつけないで下さい、ケツにっ」

 いきなりの大ピンチという予想外の展開を迎えて大いに戸惑っていた。



 下着屋で褌を購入した後、「メシでも食って帰るか」と切り出した課長に「簡単なモノで良かったら、褌のお礼に俺が作りますよ」と手料理披露の提案をしたのがマズかったんだろうか。

 褌を買ってもらったお礼をしたい気持ちはあったし、外食だと多分また橘課長に奢ってもらう流れになってしまいそうで、一日にそう何度も出費させてしまうのは悪い気がして持ち掛けた提案ではあったんだけど。

 課長の住むマンション近くのスーパーで一緒に食材や酒を買って帰るまでは、楽しかった。
 さりげなく荷物を持ってくれたり、車のドアを開けてくれる課長の気遣いは、俺に“大人の男のデート術”をバッチリ勉強させてくれたし。

 雲行きが怪しくなってきたのは、キッチンを借りて袋から出した材料を洗い、調理を始めた辺りからだ。

 リビングのソファに腰掛けて新聞に目を通していたはずの課長が、いつの間にか後ろに立ち、俺の肩越しに鍋を覗き込んできたのだ。

「いい匂いだな」
「野菜と鶏肉のトマトスープ煮ですよ。香りの正体はハーブ塩だと思います」
「なるほど」
「……」

 興味深そうに鍋を覗いて匂いを嗅ぐ課長の姿が何だか大型犬のようで、いつもの激しくダサい残念な上司でも、危険な雄フェロモンを撒き散らす褌兄貴でもない顔に一瞬胸の奥が温かくなったところまでは良かったんだけど。

「あのー、課長?」
「どうした」

 どうしたも何もない。

 背後から俺の身体に覆いかぶさるように密着して、調理台に両手をつかれてしまっては、身動きが取れず料理どころではなくなってしまう。
 そもそも、こんなにピッタリくっつく必要性はあるんだろうか。

「もうすぐ出来上がるんで、あっちで待っててもらっていいっすか」

 妙に近い距離感が心拍数を急上昇させて、息の吹き掛かる耳先が熱くなって。
 さりげなく離れてもらおうとお願いする声は、緊張のあまり変に掠れてしまっていた。

「間宮、知っているか」
「っ、な、何をですか」

 耳元で囁く甘いバリトンに、微かな笑いが含まれているのは分かるけど、それが何を意味しているのかなんて考える余裕があるはずもなく。

 橘課長の片手はいつの間にか俺の腰を抱き寄せて、怪しげな動きでシャツ越しの肌をくすぐり始めていた。

「“大人の男”のデートってのはな」
「はい」
「家に上がり込んだ時点で“交尾了承”、相手がキッチンに立って料理を始めたら“キッチンプレイOK”の合図だ」
「えぇえええっ!?」

 そんな馬鹿な。



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