海へ行こう。2
いつもふざけてばかりの井上にしては珍しく、何かを言おうか言うまいか迷っているような微妙な表情。
僅かな沈黙が気まずくて、先に口を開いたのは俺だった。
「何だよ」
「松崎はさー、俺がゲイだって聞いても普通にプールとか海とか付き合ってくれる奴だよな」
「いや、海に行くとは言ってねーし」
「でも結局来るじゃん」
「勝手に決めるなっつーの」
何だコレ。急にそんな目で見やがって。
今までに見たことのない表情に、妙にそわそわしてしまう。
もしかしてこれは海に行くのを断れなくする作戦か。
だとしたら俺はまんまと井上の術中に嵌まっていた。
「俺、多分、すげー松崎のコト好きかも」
何でもない事のようにそう言って。
ヨッ、とカバンを持ち上げて更衣室を出ようとする背中に慌てて続き、横に並んで歩き出した。
好きかも、つーか、間違いなく俺の事大好きだろ。お前は。
「俺もお前の事嫌いじゃねーけど。その趣味はねぇから惚れんなよ」
「さぁ、どーかなー」
悪戯っぽい目でニッと笑うその顔は、いつも俺をからかう時の井上の顔だった。
やっぱりこの食えない笑顔が、一番落ち着く。
「つか、仮に惚れたとしても絶対に俺のケツ掘ろうとか思うなよ!」
「それもどーかなー」
「…おい!」
嘘と冗談に隠れて本当は何を考えているのかよく分からない同室者のケツを、足の甲で思いきり蹴飛ばしてやった。
「痛っ!…蹴んなよー」
「うわ、お前ケツ硬ぇ!足痛かったし!」
「イヤ、今の絶対ケツの方が痛ぇから!」
いつも通りの下らない会話を続けながら体育館を出て、夕暮れの道を歩く。
結局このいい加減男に流されて俺は海に行くんだろう。
まぁ、それもそんなに悪くない。
今しか来ない夏を思いきり楽しもうと思った、夏休み後半のある日だった。
end.
○●○
夏休みの間にまた少し背が伸びて渉と目線が並んだ井上君。
渉との距離も少し近づいたらいいな、と思っての、今回の拍手御礼でした。
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