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その書簡は、長く待ち望んでいた内容を知らせてくれるものだった。
「ランゴバルド平定……か」
夕食を済ませて一人部屋に戻った後、もう一度手元の知らせに目を走らせてため息をつく。
これでランゴバルド王国とビザンツ帝国の両方から攻められるという最悪の事態を回避できたのは喜ぶべき事なのに、どこか浮かない気持ちになってしまうのは何故だろう。
――あの男が、帰って来る。
書簡には、ランゴバルド平定に成功し、ラヴェンナ地方を教皇領として寄進したいといった旨が簡潔に記されていた。
「ラヴェンナを俺に寄越して、それでどうするっていうんだよ……」
心の大半を占めるのはランゴバルド平定後の教会の動静ではなく、不敵に笑う一人の男の顔だ。
フランク王国国王、ピピンV世。
俺はあの男がどうにも苦手だった。
彼の父は異教徒の侵入からこの地域を守った英雄であり、先代の教皇が彼の新王朝創始を承認している事もあって、ピピンには俺も教皇になる前から何度か顔を合わせている。
鋭い瞳が印象的な隙のない男。
初めて出会った時、その視線に捕らえられて身動きがとれなくなった。
思えば初対面の時から、俺はあいつに対してどこか潜在的な苦手意識を持っていたのかもしれない。
逆にピピンの方は、何故か俺に興味をもったようで、その後何かにつけてはつまらない用でローマに顔を出して絡んでくるようになった。
「……会いたくねえな」
あんな奴に、ランゴバルド平定を頼まなければよかった。
ビザンツ帝国とランゴバルド王国に挟まれて情勢が窮し、やむを得ずフランク王国に救いを求めてピピンに会わなければならなかったあの夜の事を思い出すと今でも身体の芯が熱くなる。
あの野郎、ヒトの弱みに付け込んで散々不埒な真似をしやがって……。
思い出したくもない出来事と、会いたくもない男。
もうすぐ、あの男がローマにやって来る。
何故か胸はざわついて、その晩は、夜の祈りも心を静める薬にはなってくれなかった。
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