外池バレンタイン・3
ギャーギャー争う外池コンビを前に、ようやく自分のうっかりミスに気付いた松崎が半泣きでオロオロし始めた時。
地を這うような恐ろしい声が、二人の頭上から聞こえてきた。
「何をしている、坊主、眼鏡。…まさかお前ら、新人イジメじゃねぇだろうな」
「げっ、主任!」
「仲山主任…!」
見上げた先には、長引いていた午前中の打ち合わせをようやく終わらせた営業一課の鬼主任・仲山が、黒いオーラを身にまとって腕を組み、二人を見下ろすようにして立っていた。
普段は二人を“外、池”と呼ぶこの上司が“坊主、眼鏡”を使う時は要注意だ。
新人時代から身体に染み付いた恐怖心に、外岡と池原は固まった。
「しゅにんっ、違うっス!俺が悪かったんですっ」
松崎のその一言で、獲物を前にした猛禽類の鋭い瞳が優しく緩み、外池コンビは金縛りから解放される。
背中にはじっとり変な汗をかいていた。
「そうなのか、何があった?」
「実は……」
遅めの昼ご飯を食べながら、これまでのいきさつをザッと松崎から聞いた後。
仲山は、業務命令を下す時と同じ口調で池原に向かって言い切った。
「池、その勝負を受けてやれ」
「そんな!あんまりですよ主任!外さんとデートなんて…」
今度は池原が半泣きになる番だ。
「お前が勝って、人目につかねぇひっそりデートにすればいいだろ」
「それはそうかもしれないですけど」
「大体、お前らいつもつるんでるじゃねーか」
確かに、池原と外岡はいつも二人で飲んだりお互いの家に泊まったりはしているが。
女装となれば話は別だ。
デート以前に、女装した外岡自体見たくない。
負けて自分が女装するのと同等のダメージを受ける予感が池原にはあった。
「ただ、根回しはフェアじゃねぇからな。外が事前交渉していた分はカウントに入れるなよ」
「げっ!そんなー…超豪華なお返しするって約束したのに」
池原の隣で、外岡もまた半泣きになっている。
「本気でモノにしてぇなら正々堂々勝負しろ」
「そ…そうスね!やっぱ正々堂々アタックしねーと…。主任、ありがとうございます!」
モノにするって…何をどうやって!?
思いきりツッコミたいところだったが、運悪くそこで昼休みが終わり、池原のデスクの内線が鳴る。
「外さん、とにかくその話は後だ」
そう言って受話器を取り、電話対応に追われているうちに。
仲山主任と松崎、そして外岡の綿密な打ち合わせによって、未だかつてない大掛かりなバレンタインプロジェクトが始動しつつある事を池原はまだ知らなかった……。
○●○
…という流れで始まったバレンタイン企画。
今年は松崎発案で一週間前の7日から義理チョコ受付窓口を設置する事になりました。
先輩たちにチョコを渡してもいいよ!という優しいお客さまは、どうか受付窓口の方に足を運んであげて下さいませ!
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