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○●○


女装していた事も忘れてすっかりバッティングに夢中になってしまい、それなりに楽しい時間を過ごした後。

いよいよ俺を送るという段になって、外さんは急に口数が少なくなってしまった。

俺は一言も喋らないから、車内はどうしても会話がなくなってしまう。

「…今日は…俺の我が儘に付き合ってくれてありがとな」

夜の街を走りながら、ぽつん、と呟かれた言葉が一瞬“俺”へのモノかと思ったが、違ったらしい。

「最後まで付き合ってくれて、嬉しかった」

前を向いたまま言葉を続ける声は、いつもよりずっと柔らかくて優しかった。

「池さん意外にケチでさ、逢いたいっていう度に怒られてばっかいたけど…」
「……」

誰がケチだ。
というか、ケチとかそういう問題じゃないだろう。
思わず声が出かかって、口をつぐむ。

「俺、ずっと池子に逢いたかったんだ。だから、ありがとう」

…外さん…。

名残惜しそうにいつもより安全運転で車を走らせる一つ年下の先輩に、罰ゲームと称して無理矢理女装させられた苛立ちは消えていた。

デートコースがマニアックだとか、仮に上手く最後までいったとしても多分、褌かエロ下着で引かれたりだとか…。
そういう部分も含めて外さんを好きになってくれる、池子よりイイ女はいつか絶対に現れる。

そう言って思いきり励まして、坊主頭をワシャワシャと撫で回してやりたかった。




あっという間に、車は仲山主任のマンションの前に着く。

さっきからずっと、オシャレ坊主は黙ったまま池子の方を見ようとはしなかった。

車から降りたら、もう一生会うことはないからな。
イヤ、明日普通に会社で会うけど。
やっぱり寂しいんだろう。

最初は女装デートなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、外さんのあまりの純情っぷりに、俺まで何故かしんみりムードになっていた。

「…チョコ、用意して来てくれたんだろ?」

ようやく決心したらしいオシャレ坊主が、ゆっくり池子に笑顔を向ける。

コクッと頷いて、バッグの中から綺麗にラッピングされたチョコを出した。

板チョコ…より少し厚みのある箱に入った、何日か遅れのバレンタインチョコ。
これを渡して、罰ゲームは終了だ。
長いようで短いデートだった。

「池子からチョコ、嬉しいけど…。これでお別れなら、貰いたくないな」

真っすぐに目を見つめて照れたように笑うやんちゃ坊主の一途さが、何だか可愛い。

元気出せ、外さん!
後で俺が厳しくダメ出ししてやるから、今度はもう少しマシなデートコースを選んでしっかり彼女を作れ。

励ましの意味を込めて、剥き出しの額をビタッとチョコで叩く。

「痛っ!」
「……」

どうしようか一瞬迷いつつ、せっかくの思い出作りなら、デートの最後に池子からの御礼的な演出があってもいいかなという気がして。

額に当てたままの箱を両手で押さえ、その上から…。
自分の手の甲に、チュッと軽く唇を乗せてみた。

「いっ…い、いけこっ!」

純情坊主め。
超間接デコチューごときで突然、ボンッと赤くなる顔が楽しい。

パクパクと口を開けたままチョコを握り締める外さんを残して車から降りる。


振り返らずにマンションのドアをくぐりながら、時間差攻撃でじわじわと羞恥と後悔の念が込み上げてきた。


――何をやっているんだ、俺は!
外さんに甘いにも程がある。
そこまで完璧に思い出作りに協力してやる義理なんて全くないのに。

池子姿ではあったものの、実際には今のアレを男二人で…と思っただけで鳥肌モノの痛々しさだ。


早くヅラを外していつもの服に着替えて、今の出来事は黒歴史として永久に記憶の奥底に封印しよう。

既に違和感がなくなってしまった女装姿で一人頷いて、俺は必死にそれだけを考えながら、エレベーターに乗り込んだ。





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