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店の選択センスには敢えて触れないでおくとして、料理はそれなりに美味かった。
「池子と一緒に飯が食えるなんて、俺もう今日で一生分の幸せを使い果たしたかも…」
勿体ない!こんな事で使い果たすなよ。
思わずツッコミを入れかけて顔を上げると、やんちゃ坊主の口元にはお約束のようにご飯粒がついている。
…まったく。
デートの時くらいもっと上品に飯が食えないのか、この先輩は。
ついつい気になって、ヒョイと伸ばした手でご飯粒をとってやった瞬間。
純情坊主の身体はビクッと跳ね上がり、面白いくらい大袈裟な反応を見せた。
「いい池子…っ!?」
イヤ。俺だってば、外さん。
「あ、何かついてたのか。…ありがと」
耳の先まで真っ赤にしながらモジッとする、一途で初々しい年下の先輩。
早く外さんの良さを分かってくれる女に会えればいいのにな。
俺にはデートのアドバイスくらいしか出来ないけど、精一杯協力するから。そろそろ美味しいつまみ食われ人生を卒業しろよ。
そんな事をあれこれ考えながら、たらふく食って、まったりと食後のお茶を飲む。
それまで普通に話していた外さんが、時計を確認して、遠慮がちに切り出してきた。
「あのさ、池子。この後、行きたいトコがあるんだけど…食事終わったらすぐ帰る?」
そういえば。
さすがに女装に同情してくれたらしい仲山主任から、罰ゲームのデートは食事だけでいいと言われていた。
当然、外さんも同じ事を言われているんだろう。
食事が終わったら、すぐにでも罰ゲーム終了の合図である“池子特製ウフフチョコ”を渡して帰ろうと思っていたのに。
捨てられた子犬のような目でじっと見つめられて、つい、ふるふるっと首を横に振ってしまった。
「よかった!池子と一緒に行ってみたいと思ってたんだ」
パァッと広がる笑顔が、眩しい。
何事にもドライで恋愛にもそれほどのめり込まない俺には、外さんの素直さが少し羨ましかった。
○●○
――で、何で、連れて来られたのがバッティングセンターなんだ。
食事の後に外さんが池子と行きたかった場所というのは、なんと、たまに一課のメンバーで利用する小汚いスポーツ施設『筋トレ王国』内にあるバッティングセンターだった。
「食事の後はやっぱ運動だよな」
ドライブデートで食事の後といったら、夜景の見える展望台あたりが定石じゃないのか。
運動するにしてもココはしょっぱ過ぎて、外さん好みのお姉サマ達にはあまりにも似合わない。
「楽しいな、池子とバッティングセンター!」
というか、よく考えてみると、大衆食堂で飯を食った後にバッティングセンターという流れは、いつも俺と遊ぶ時そのままのコースだった。
女の子相手の初デートくらいもっとそれらしい雰囲気作りに励めよ、外さん…。
それか、こういうノリが好きな子を選ぶかどっちかだ。
モテないワケじゃないのに彼女が出来ない原因はコレか…。
ツッコミ所満載のこのデートを、一体どこからダメ出ししたらいいのか、ぐるぐる思い悩んでいたその時。
心ここにあらずで適当に振ったバットは、白球を見事に芯で捕らえて打ち返していた。
「おー!池子すげー」
快音と共にビリビリ伝わってくる振動の気持ち良さに、肩の力がフッと抜ける。
「ナイスバッティング!」
ネットの向こうで嬉しそうに手を叩く先輩の笑顔が、いつもよりキラキラ輝いて見えた。
…まぁ、外さんが楽しいなら、それでいいか。
もう女装する事なんてないだろうし、せめて、外さんに最後まで楽しいデートの記憶を残してやってもいい。
何だか急に、そんな風に思えてきた。
結局俺は、一つ年下のこの先輩にいつも甘い。
小さくため息をついてもう一度バットを構え直し、タイミングを合わせて思いきり振る。
再びバットの芯に当たったボールは、“ホームラン”と書かれた汚い幕に吸い込まれるようにして飛んで行った。
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