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「化けたな、池」


部屋に入ってきた仲山主任は、鏡越しに俺を見るなりニヤリと笑ってそう言った。

俺の隣でメイク道具一式を片付けていた松崎が、ふんふんと得意げに鼻息を鳴らして胸を張る。

「この日のために“ごーじゃす”のママさんに弟子入りしてメイクの修業をしたっスよ!」
「すげぇな、どこのモデルかと思ったぞ」
「カリスマメイクアップアーティストだなんてそんなっ」

……。

大いに盛り上がる二人を他所に、俺はといえば、複雑な気持ちで鏡に映った自分を眺めていた。


髪はサラサラのストレートロング。ナチュラルに見えるほんのり血色のいい顔は実は松崎の力作メイクの結晶。
フワッとした薄いピンクのワンピースの下に、細身ジーンズ。

まさか、ここまでハマッてしまうとは…。

身体つきがまだしっかりしていなかった学生時代と違って、この年で女装なんて絶対に無理だと思っていたのに。
鏡の中の俺は、すっかり外さん命名の“池子”になってしまっていた。

「池原池子の完成っス!」

キラキラ光る大きな目で嬉しそうに俺を見つめる無邪気な新人を睨み付けて、ため息をつく。

「何だよその名前」
「あ!喋っちゃ駄目っスよ。声を出したら池原さんだってバレちゃいますからっ」
「喋らなくてもモロバレだろうが!」

何だ、その人魚姫的な制約は。
俺に女装を頼んでいる時点で、外さんだって“池子”が俺だと十分認識しているはずなのに。

「それは違うな」

真顔でキッパリと言い切ったのは、松崎ではなく仲山主任だった。

「普段ならともかく、デート中は池子がお前だという事は完全に外の頭から消え去っているはずだ」
「そんな馬鹿な…」
「騙されたい心理ってヤツだな。…とにかく、今日は腹を括って純情坊主のデートに付き合ってやれ」
「…はぁ…」

いかにも外さんをフォローする優しい上司の口ぶりではあるが、その目が完全に楽しんでいる。
普段はクールでストイックな鬼上司なのに。
実は体育会系の熱い血が流れていたりして、こういう悪ノリは大好きなんだよな。仲山主任。


――ま、いいか。
今日は外さんのエスコートっぷりをしっかり見学してやろう。

気を取り直して、鏡の中の“池子”と目を合わせた。


決して女にモテないタイプではなさそうなオシャレ坊主の先輩は、どちらかというと誰かを持ち帰ってつまみ食い…というよりは、持ち帰られてつまみ食われる事の方が多い。
年上の女に甘えるのが好きだからなんだろうけど、それにしても長く続く特定の相手がいないのは気になるところだ。

張り切ってデートに行ったその日に「フラれた!」と、しょんぼり肩を落として俺の家に来るのはもうお約束になっている。

もし外さんのデートに何らかの問題があるなら、今回の罰ゲームはその問題点を探るいい機会だと思った。

池子として外さんのデートを採点して、何かマズい点があったら後から教えてやろう。
それで、やんちゃ坊主の先輩がちゃんと幸せになってくれればいい。


「池子さん、頑張ってきて下さいっ」
「池子、万が一最後までいくような事があったら明日は有休を許可してやるからな」
「…有り難くて涙が出そうです」

完全に好奇心モード全開の上司と後輩に見送られて。
外さんが迎えにくる事になっている、主任のマンションのエントランス前へと向かった。





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