クリスマスの夜




 窓の外を、色とりどりの傘が通り過ぎていく。雨の予報はなかったのに、とよく見れば、やわらかそうな雪がゆっくり降りていた。わたしより先に気づいていたのか、カールはすでに窓際のソファを陣取っている。ふわふわの冬毛──アライグマにも季節によって毛の生え変わりがあることを、わたしはカールに出会ってから初めて知った──は、見かけるといつでも両手を沈めたくなってしまう。

 ちいさいものだけれどツリーも飾ったし、いつもより少しだけ豪華な夕食も準備が済んでいた。彼がリビングへ来たら、ふたり(と一匹)だけのクリスマスのはじまりだ。

「カール、雪すごいね」

 すっかりクリスマス仕様になったまち──近所の家には色とりどりの飾りやリースが飾られ、街路樹にはイルミネーションライトが巻き付けられている──に雪が降る様は、なかなか美しいものだった。それでもこの景色を一緒に見たい相手がこの場にいないのだから、なんだかもったいない気がしてしまう。かといって、別室で新作の仕上げをしている彼の邪魔をすることもできない。夏と比べて一回り大きくなったカールをひと撫でして、窓に背を向ける。

 クリスマスを彼と過ごすのははじめてではなかった。付き合ってからは毎年、外に出ることなくどちらかの家で過ごしている(今年はわたしの家だ)。クリスマスディナーとか、高級なホテルに泊まるとか、そういうことは話題に上がったことも実際に行ったこともなかった。

 
 昔は、世間のカップルのするようなクリスマスデートにあこがれたこともあった。彼と出会う前の話だし、今では考えられない、と思うけれど。わたしはすでに、恋人の彼としずかに過ごすクリスマスがなにより素敵なのだと知ってしまっている。
 
 人混みを歩くのが得意ではない。ちいさなことだけれど、これはわたしたちにとって大事な共通点だった。彼と一緒だと、無理をすることも自分を飾ることもなく、いつだって自然体で居られるような気がする。彼も同じことを思っていたらいいのに。食器の位置を直したりお酒がしっかり冷えているか確認したりしながら、わたしと居るときのポオさんを思い浮かべた。

 わたしとポオさんは、大抵家のなかでデートをする。ふたりでソファに座って本を読んだり、温かい飲み物を入れてゆっくり話したり。どの瞬間を思い出してもしあわせに満ちていて、せつなくなるくらいだった。

 このまま世界がふたりきりになればいいのに、なんてめちゃくちゃなことを、わたしは何度も考えてしまう。実際に言ったこともある。ポオさんは困ったように笑って、溶けそうになるくらいやさしいキスをしてくれた。
 わたしに触れる手の温度。わたしにしか見せない顔。ふたりきりのときだけ呼んでくれる名前。考えているうちにどうしてもポオさんに会いたくなってしまって、つい部屋の前まで来てしまった。それでもドアを開ける勇気はなくて、フローリングのつめたさが足の先にうつっていく。すぐにもどろうとして、けれどそれはかなわなかった。ドアノブが下げられ、ポオさんがしずかに顔を出す。

「……ど、どうしたのであるか」

 ドアの先でわたしが待ち構えていたのにはさすがに驚いたらしく、彼は数回まばたきをした。執筆中に髪を触ったのか、片目だけ見える状態だった。こういうことは珍しいから、わたしは急にドキドキしてしまう。

「ごめんなさい。邪魔をする気はなくて」
 彼のほうは向かずに、フローリングを見たまま言う。
「今、終わったのである。それで、君のもとへ行こうと思ったら、……」 
「わたしが待ってたのね」

 ポオさんがちいさく頷く。すこしだけ口元が笑っていた。彼の執筆中に耐えられなくなって部屋の前で過ごすことはたまにあったから、今日もそうだと思われているのかもしれない。

「ずっと待機してたわけじゃないの。たまたま。今来たところ」

 待ち合わせじゃないんだから、と思ったけれど、訂正する気にはなれなかった。それよりも、はやく彼に抱きしめて欲しかった。

「原稿、おつかれさま。もう準備も出来てるし、ご飯食べる?……あ、それにね、今雪が降っててすごく綺麗なの」

 気持ちをごまかすみたいに早口で話して、彼に背を向ける。あんなに彼に会いたかったのに、わたしは彼に突然抱きついたりすることはできないのだった。叶うならそういうことのできる、可愛い彼女になりたかった。

「ナマエ」数歩歩いたところで、ポオさんに名前を呼ばれる。振り向く前に、わたしの肩に彼の手が伸びた。あっという間に彼の腕のなかに閉じ込められて、背中に彼の温度を感じる。

「ポオさん、」
「……我輩も、早く君に会いたかった」

 耳のちかくで彼の声が響く。目を閉じると、まるで世界が彼だけになったみたいだった。わたしは痺れを切らしたカールが迎えに来るまでの間、ずっと彼に抱き締められていた。
 ふたりと一匹の、クリスマスが始まる。雪のちらつく窓の外で、ゆっくりと夜の帳が下りていく。






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