ラッキープール



 

 ナマエって季節感ないよねぇ。呆れたように笑う乱歩はそれでもなんだか楽しげに、寝転がったままわたしをみている。風でカーテンがふくらんで、青葉みたいな夏の匂いが部屋を満たした。ベッドサイドのテーブルにはすっかりぬるくなったお茶が二本、眠る前と変わらず置いてある。

「わざとだもん。夏に冬の歌かけたら、涼しくなるでしょ」
「そんなことない」

 もうすぐサビ、というところまできていたクリスマスソングを止める。今のタイミングは怒ったと思われるかしら、と不安になりつつ、寝癖のついた髪を手で梳かす。

 乱歩がしずかに身体を起こした。一瞬迷って、仰向けのままいることを選択する。一緒に起きあがれるほどの元気はなかった。朝がいちばん辛いのは冬で、午後いちばん気だるくなるのが夏。乱歩は年中子どもみたいに元気だから、きっとわかってくれないけれど。

「そういう歌があるの」

 昔よく聴いたメロディーラインをなぞって、鼻歌をうたってみる。CDを止めたのは、違う歌がかかっていたらうまく歌えないからだ。

「へえ。……ああ、前にも歌ってたやつ」
「そうだっけ」

 全然記憶にない。気付かないうちに口ずさんでいることもあるし、まさか乱歩が聴いているとも思っていなかった。

「わたしが忘れてしまうようなことだって、乱歩は覚えてるんだよね」

 不意に寂しい気持ちになって、結局起きあがる。乱歩の方を見れば、すぐに視線がかち合った。薄く開かれたグリーンにわたしが映る。シーツの上の手が重なる。

「僕が覚えていればそれでいいじゃないか。ナマエが忘れたって、毎回こうして話せば済む話だ」

 高くなった日差しが窓から洩れて、乱歩を照らしていた。柔らかくて、けれど直線的なひかり。髪、睫毛、輪郭、それから繋がった手。すべてが、白く輝くそれに溶けていた。何もかも忘れてしまっても、きっとこのうつくしい午後の光景と、貰ったことばだけは覚えている、と思った。

「ありがとう。……乱歩、」

 好き、と溢れた言葉は彼に飲みこまれる。何度もおりてくるじゃれ合いみたいなキスは、この上なく彼らしい。くちびるが離れたあと、もう一度言い直す。

「好き。大好き」

 乱歩がはは、と満足げに笑う。みんなといる時とは微妙に違う、恋びとにしか見せない表情。その顔はなぜだかいつも、わたしを切なくさせる。

「僕も」乱歩の長い指が、頬へ伸びる。「僕も好きだ」

 乱歩の好き、は全く違う重さで、わたしのなかに落ちていく。夏の光のなか、ふたりぶんの笑い声がゆるやかに響いていった。







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