キスの温度




 夜の公園というのは、なんだか不気味で、昼間とはまったく違うようなかおをしている。といっても、ここに花火をする若者はいないし、柄の悪いカップルだっていない。
 存在しているのは、昼とは対照的な暗さ、静寂、それから、日の当たる時間帯ではない今この瞬間こそがこちらの世界の本領なのだという得も言われぬ説得力をまとった、冷たい空気。

 ブランコとかシーソーとか、わたしが知っている遊具たちはそこにないのに、公園、という名称は通じるのだから、よくわからない。砂場はあるけれど、ここの子供たちはどうやって遊ぶのだろう。魔法で砂のお城を作ったり、山にトンネルを開けたり、やはりわたしが知る遊び方ではないのだろうか、と想像してみる。隣にいるアズールに聞いてみようと思ったけれど、彼だって陸に上がってからまだ二年半、知識はわたしよりずっとあってもこういう陸に関する慣習、遊び、そういうものに対してはわたしとさして変わらないだろうと考えてやめた。

「全然、止まないね」

 天井越しに空を見上げながら、言う。木でできた三角の屋根の内側には年季の入った細かな傷とたくさんの落書きがあった。簡単な魔法式、何かわからない抽象的な絵、誰かの名前。雨が地面に落ちる音よりも真上の天井に水が打ち付けられるばちばちとした音の方が大きくて、少し声を張らないと届かなさそうだった。

「…そうですね。明日は休みなので、多少遅くなるぶんには構いませんが」
「このままずっと、雨が降っていればいいのに」
 そういって足をぶらぶらと遊ばせていると、
「ずっとは、困ります」
スマートフォンで時刻を確認しているらしい彼がわたしと同じように屋根越しの空を見上げた。
 少し離れて座っているから、表情はわからない。近くの街灯に照らされた彼の輪郭だけが浮かび上がっている。

「わたしさあ、」言いかけてからわざと、よっこいしょ、と掛け声をつけて、彼との距離を詰めた。肩が触れる。けれど、わたしから離れていく様子はない。
「ほんとに、このままでも良いって」
 思うんだよね、と言おうとしたのに、膝の上に置いていた手をぎゅっと掴まれてしまって続かなかった。わたしより一回り大きくて、冷たい手。彼は普段から体温が低いほうだけれど、長い間雨の中に居たせいか、さらに冷たく感じる。

「どうしたの」彼の手を反対の手の人差し指でなぞりながら、言う。
「このまま、なんて。そういうことを言われると、僕だって揺らぐんですよ」
「どう思っているかなんて、わかってるくせに」

 揺らぐ、なんてそんな言い方で意思表示をするのは、ずるいと思った。帰ったらいい、とも帰らないでほしい、とも言ってくれない彼は、ずるい。自分の気持ちは何一つ口に出さずにもうずっと、わたしの決断を待っている。
 彼と一生過ごしてもいい、そうしたいと言って彼をつなぎとめて、共犯のようにしてしまうのは簡単だ。共犯。高校生の、まだ十八歳の彼にわたしの一生を負わせるなんてことは、あまりに罪が深い。どうしたって子どものわたしたちは、ずっと一緒にいられるような気がしてしまうけれども、その一方で、心の中にはどこか冷静なわたしがいて、高校生の子どもが一生を誓い合うのがいかに滑稽なことかと、笑っている。この聡明な彼もきっと、そうなのだ。

 普通の高校生が永遠の愛を誓い合って、それから結婚しようだなんていうのは、かわいらしい。わたしたちも普通の高校生であったなら、毎日愛をささやきあって、未来について語り合って…そういう、限りなく無責任なしあわせを享受することができていたのだと思うと、苦しくなる。一方が故郷も家族も友達をも捨てて、一方がその責任を負い続けるなんていうのは、普通ではない。

 不意に、何か言って彼を困らせてやりたくなるような衝動にかられたけれど、こういう時に限って言葉はまったく浮かばないし、わたしが考えている間も彼はかたくなに手を放してくれない。なんでもないような感じを装って彼の手から抜け出そうとしたら指と指を絡められてしまって、諦めた。

「アズール、」
 彼の頬につかまっていない方の手を添えて、そっと唇を重ねる。リップが移ってしまうかもしれないと思って、すぐに離れた。一秒もない、短いキス。わたしからするのは珍しくて、多分これが、初めてだった。
 恥ずかしくなってうつむくと、制服の真っ黒なスラックスに何粒もの透明な雫がぼたぼたと落ちた。一度溢れてしまった涙はなかなか止まらなくて、唇の内側を噛む。彼に泣いているのが伝わるのは嫌だったけれど、きっとわかっているに違いなかった。繋がれていた手は離されて、遠慮がちに肩を抱かれる。しばらくそのまま目をつぶって息を止めていると、目の奥の熱は少しずつ冷えていって、わたしはそのまま、砂利の敷かれた地面をひたすらに見つめていた。

「この先、どうなるかはわかりませんが」
 彼が前を見たまま、言う。相槌を打つはずが、うまく声が出なかった。
「僕は、あなたがしたいようにしてほしいと思います」

 したいように、してほしい。それは、わたしがここに残りたいと思っているのをわかったうえで言われたことばで、彼なりの、帰らなくてもいい、を意味しているように思えた。彼に責任を負わせるのが嫌だと、そればかり考えていたけれど、彼だってまた、わたしに何もかも捨てて自分と居てほしい、とは言えないのである。どうこたえようか迷っているうちに肩に寄せられていた手が外れて、思わず彼の方を向く。

 彼はベンチを離れて、座ったままのわたしに向かい合うようにして立った。急にまっすぐ見据えられて、はっと息を飲む。彼の美しいセレストブルーは見れば見るほど吸い込まれそうで、どこか恐ろしさすら感じてしまう。街灯のちいさな明かりは彼で遮られて、目の前がどんどん暗くなっていった。首の後ろに彼の冷たい指先が触れて、びくりと肩が跳ねる。冷たさに驚いている間に、彼はわたしを少し強引に引き寄せて、口付けをした。わたしがさっきしたのとは違って、何回も繰り返される、深いキス。段々と息が苦しくなって彼の外套をつかむと、一瞬だけ唇が離れて、目が合う。彼でいっぱいの視界はあまりに綺麗でしあわせで、また涙がこみあげてきた。この世界に来るまでは、彼と出会うまでは、知らなかったこと。このまま逃げてしまいたい、と思った。同時に、また、口を塞がれる。

「アズール、あの」
 唇が離れたあと、彼はわたしの顔を一度も見ずに優しく抱きしめてきて、それから何も話さずにもう、五分くらいは経っている。座ったまま抱きしめられているから流石に首が痛くなってきてしまって、声をかけた。
「離して、ほしいんだけれど」
 そう言っても、彼はなかなかわたしを離そうとはしなかった。返事もない。むしろ、抱きしめる力が強くなったような感じさえする。なんとか首の角度を変えながら、前にもこういうことがあったな、と思いだす。

          ☆ 

「アズールのことは、すごく好き。でも、わたし、明日突然いなくなるかもしれないんだもの。付き合うなんてできないよ」
 入学して初めてのウィンターホリデー中、わたしとアズールは誰もいない学園内をふたりで、散歩していた。そうしたら、急に立ち止まった彼がなんと、わたしに告白をしてきたのである。あなたが好きです、付き合ってください。そんな、シンプルでポピュラーな、告白。
 実のところ、わたしは彼の気持ちに気が付いていたし、初めて会った時からずっと、わたしも彼が好きだった。出会ってからいままで友達のように過ごしてきてはいたけれど、彼はわたしが女であることを知っているただ唯一の人であったし、ときおりわたしたちの間に存在した、そういう男女の雰囲気、というか、色恋沙汰の匂いがする空間、みたいなのを何度も見なかったことにして、ここまでやってきた。お互いの想いを知りながらも関係は変えずに、わたしはいつかここからいなくなって、そうして彼の青春の思い出の一部に溶けていって、なにごともなかったように生きていくのだと、そう思っていた。
 だから彼がこういう風に告白をしてくるなんて、本当に想定外だったのである。

「いなくなるかもしれないから、だめなんですか」
「そう。いつ居なくなるかわからない彼女なんて、嫌でしょう」
「関係ありません。僕はあなたが、」
「アズールがどうとかじゃなくて、わたしが、嫌なの」

 彼が好き、と続ける前に、遮るようにして言った。好きだから、置いていきたくない。悲しい思いをさせたくない。
 わたしとの思い出がそこかしこにあるこの世界に置いて行かれる彼は、置いていくわたしよりもずっとつらいに決まっている。元の世界に彼の面影を感じさせる一切のものがないというのは、それだけ忘れて生きていくことが簡単だということで、一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、この世界でのわたしが色濃く残れば残るほど囚われていくのは彼なのだ。こんな風に考えすぎることはなく彼の手を取れたら、どれだけ幸せなのだろう。
 そう思わないこともないけれど、わたしにはできなかった。

「もし明日あなたがいなくなっても、僕は後悔したりしませんよ」
「それは…」彼の方に向き直して、「困っちゃうな。わたし、アズールのことすきだから」なるだけ笑顔を作って、言う。
 今までみたいに、なんとなく、このまま終わらないかと思ってしまった。告白は嬉しい、彼の勇気だってすごいと思う、けれどわたしはやっぱり答えることは、できない。

「アズール、ほんとにごめんなさ」
 最後まで言い終えないところで、いきなり手を引かれて、そのまま彼の腕の中にすっぽりと納まってしまった。抱きしめられているのだな、と理解した途端、今までの冷静さはどこかへいってしまって、顔に熱が集まるのが分かる。好きな人に、アズールに、抱きしめられている。彼の匂いがする。背中に腕を回すと、意外と体格がいいのが分かる。すごく寒かったはずなのに、緊張で手に汗が滲む。付き合えないとはっきり断るはずであったのに、思考がどんどん彼に奪われていく。

「あの、離して」
 彼の中で身動ぎしながらなんとか抜け出そうと画策するも、体格差や背中に腕を回してしまっているのが災いして、どうしても無理だった。
「嫌です」
 数分の攻防の末あまりにもはっきりとした返事がきてしまって、わたしは困惑した。この人は何を思ってわたしを閉じ込めているのだろう。
「どうしたら、離してくれるの」

 答えてくれはしないだろうな、と思いながらも聞いてみる。少しの間待ったけれど、やっぱり何も返ってこなかった。抱きしめられた時の驚きと高揚が落ち着いてきて、わたしはもう一度考える。わたしがここからいなくなって、彼が残される。そんなこと、彼も考えたのではないか。数か月しか一緒に居ないけれど、わたしたちは友達、というよりは家族に近いような距離感で過ごしてきたのだ。食べるものも同じ、寝る場所も同じ。シャンプーも同じものを使っているのだし、洗濯だって同じ場所でしているのだから、服からは同じ匂いがする。彼がいかに怜悧で慎重で、時に狡猾ささえ覗かせるような、そんな高校生らしくない男だというのは、ずっとわかっていたことではないか。わたしは彼が好きなのだから。

「本当に、わたしでいいの」
 意を決して発された声は自分でも驚くくらいはっきりとしていて、最初からこうなることは決まっていたのだな、と思う。話し合いで彼に挑むなど、はなから無謀な話だった。
「やっと、決まりましたか」
 彼がそっとわたしを離して、数分ぶりに冬の冷たい空気が鼻腔をくすぐった。離されたといっても肩に手は添えられたままで、距離は近い。
彼を見上げるようにしてぼんやりしていたら、柔らかく微笑まれて、
「あなたが好きです。僕と、付き合ってください」
 先ほどよりもずっと落ち着いた声で、彼が言った。こんな優しい顔、わたしがさせているんだな、と思うと言い表せない多幸感がぞわぞわと湧き上がってきて、手のひらをぎゅっと握りしめる。

「よろしくお願いします」
 殆ど声にならないような返事だったけれど、彼には届いたらしく、また微笑まれた。わたしたちはそうして現実から逃げだして、付き合い始めたのだった。

        ☆

 二年前のことをひとしきり思い出すと、彼がわたしを離そうとしない理由がすとんと降りてきて、そういうことか、と納得した。この人は、帰らないというまでわたしを離してはくれない。はっきりと言葉にはしないけれど、絶対に帰す気などないのだ。やっぱり、ずるいな、とわらってしまう。彼は美しくて明敏で、誰よりわたしに優しくて、それからずるい。そしてわたしはそんな彼が世界でいちばん好きだ。

「アズール。わたし、ここにいるから」

 約二年ぶりの新たな決意を聞いた彼はすんなりわたしから離れて、それから隣に腰を下ろした。久しぶりに視界が開ける。気がつくと雨はすっかり上がっていて、月こそ出ていなかったけれど、空も晴れていた。公園には雨上がり特有の匂いが立ち込めていて、雫を含んだ芝生が街灯に照らされて煌めいている。

「わたしがこの世界に残るっていうのはさ、ある意味での駆け落ち、っていうか…。向こうの人たちからするとわたしは、好きな人を追いかけて帰ってこなくなった不良娘、になるわけだよね」悪いことはしていないのに、とわたしがおどけて言うと、
「そうなると僕も、あなたを攫った悪い男、になるのでしょう」彼もすこし悪戯っぽく微笑む。

 向こうの人たち、なんて他人行儀な言い方をして、ごめんなさい。こうは言ったけれど、親も友達も、わたしが違う世界で高校生をしていることなんか、知らない。実際には不良娘と罵ることだって、できない。わたしたちはそういったことの全てを見なかったことにして、記憶の片隅に捨て置いていくのだ。分かっているのに分からないふりをして、知っているのに知らないふりをする。大切な人だって、仲の良かった友達だって忘れてしまう。ずるい子ども。

「今日、帰りたくないなあ」
 ずっとこの夜が続いて、このまま何も考えず彼とふたりで過ごしたい。彼のことを攫って、どこか遠くへ逃げてしまいたい。そんなどうしようもない考えが過って、体が淋しさに沈んでいく。おへその辺りからぼんやりとした痛みが広がっていくのがわかった。

「このまま、一緒にいましょうか」
 彼がわたしの手を取って立ち上がった。つられて隣に並ぶ。もうそろそろ学園に向かわなければ、わたしが元の世界に戻ることはない。期限はすぐそこに迫っていた。けれどわたしも彼も、まるでそんなことなどないように、街のほうへと歩き出す。公園を出るまで、わたしたちは一言も交わさず、ただただ静かに、歩いていた。

        ☆

「本当に良かったんですか」

 明け方、すっかり目が覚めてしまって窓から外を眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。空にはまだ灰色の雲がたくさん浮かんでいて、昨日の雨を思わせる。
 静かにベッドを抜け出したつもりだったのに、起こしてしまったらしい。布団を抜けてシャツを羽織ったあと、彼がこちらに歩いてくる。近くのテーブルにあった眼鏡を手渡して、わたしは再び窓を見た。微かな幼さを残した彼とわたしが映っている。

「今さら。帰す気なんてなかったくせに」
 眼下に広がる街を見ながらわざと突き放すような言い方をした。今日からのわたしは、昨日までのいつ居なくなるかわからないわたし、ではないのだ。彼に見放されたら最後、この世界での意義を失ってしまう。言い過ぎかもしれないけれど、でも確かにわたし、この人のためにここに居るのだ。昨日までは彼に責任と喪失感、そのどちらも負ってほしくない気持ちばかりであったのに、わたしはなんて勝手なのだ、と、思わなくもない。けれどわたしはやっぱり不安で、淋しくて、本当のところ声をあげて泣いてしまいたかった。

「すみません。でも僕は本当に、帰ってほしくなくて」
 え、と声が出そうになるくらい彼の声が弱々しくて、思わず隣の彼のほうへ勢いよく振り向く。その途端ふっと笑われて、今にも泣きそうな彼を想像していたわたしは面食らってしまった。泣きそうでも弱々しくもない。いつもの彼だ。何も、わからない。
 美しく弧を描く唇も彼の瞳の中の海も、今はなんだか恐ろしいものにすら思える。この上なく、凄艶な笑みだった。わたしが帰らないという選択をしたのではなくて、彼に選ばされたのかもしれないと、そんなことまで思い浮かんだ。

「僕はあなたを離しません。これからも、ずっと」
「そう。わたしにはアズールしかいないから…そうしてもらえると、嬉しい」

 返答を聞き終えた彼は満足げに微笑んで、それからわたしの手を引いてベッドへ座らせた。直後、ゆったりと押し倒されてわたしの世界は見慣れないきらびやかな天井と彼だけになる。こんなときでも彼の所作のひとつひとつには品があって、何度も見ているはずなのに見惚れてしまいそうになった。

「あなたには本当に、僕しかいないんですね」

 彼はわたしの髪を手で梳しながら、恍惚とした表情で聞いてきた。口調は悲しげなのに、まったくもって悲しそうではない。もう少し取り繕ったらどうなのかとも思ったけれど、そんなこと、きっともう必要ないのだろう。そういえば彼はこういう人だったなあと、どこか懐かしい気持ちすら湧いてくる。努力を惜しまず、どんな手を使ってでも絶対に、欲しいものは手に入れる。後悔したってもう遅い。わたしはもうずっと、彼に惚れているのだ。

「そうだよ。わたしには、アズールしかいないの」
 自分の声が頭の中で反芻されて、響き渡る。わたしには、アズールしかいない。
 彼を見ると、変わらず嬉しそうにしていた。こういう時の彼は、ひどく少年じみていて、可愛らしい。
好き、と呟くように言うと、僕は愛しています、と返ってきた。驚いて目を瞬く。愛してるだなんて軽々しく使う言葉じゃない、と一瞬考えたけれど、今使わずにいつ使うのだろうと思う。わたしがここに居るのは、彼を愛しているからという理由に他ならない。

「わたしも、」言いかけてから目を瞑って、故郷を思い浮かべる。慣れ親しんだ家。学校。お気に入りのお店。もう二度と、会えない人たち。思い浮かべるのも、きっとこれが最後。
「愛してるよ」
 温かい涙が頬を伝って、わたしはゆっくりと瞼を開けた。次から次へと新しい涙が溢れてきて、何も見えない。わたしは昨日から泣いてばかりだ。手の甲で乱雑に涙を拭うと、ぼんやりと彼の顔が浮かぶ。

「僕を選んでくれて、ありがとうございます」
 しばらくして、彼がわたしを真っ直ぐ見つめて言った。わたしの頬に撫でる手はかすかに震えていて、彼は今度こそ、泣きそうな顔になっている。

「…もう大丈夫だよ。わたしは、居なくならない」

 二年間もわたしが居なくなることを考えながら付き合っていてくれた彼は、どんな思いでわたしに、したいようにすればいい、なんて言ったのだろう。やっぱり帰らなくて良かったと、心の底から思った。アズールが居なくなったわたしに囚われて悲しむところなど、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
「ずっとこのまま、一緒にいようね」
 わたしがそう言うと、彼は少しだけ泣いた。それをごまかすみたいにキスされて、もう一度目を瞑る。

 子供がする約束みたいな言葉だって、わたしたちの間にはいくつあっても良いと思う。未来への約束を積み重ねて、想像して、……わたしと彼はこれから、普通の高校生の恋愛をするのだ。










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