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『あなたが居ないと夜も眠れない』| ポオ夢 


 
 朝日が昇る。開け放った窓から風が吹き抜け、カーテンが揺れる。しんと冷えた空気をゆっくり吸い込むと、徐々に目が冴えてきた。ひとりで夜を越えたときってどうしてこう、何かに置いていかれたような気持ちになるんだろう。

 足は床のつめたさを拾って、感覚が遠くなっている。膝に置いていた本を閉じ、わたしは意を決して立ち上がった。何もかもがふわふわとして、現実味がない。長い時間読書をしたときはいつもこんな感じだ。自分がずっと家にいたなどとは到底思えない。物語から抜け出して身体の疲れを実感するまで、わたしはたしかに彼の世界にいるのだ。

 本棚に彼の作品をしまって、そっと廊下へでる。彼の部屋の隙間から、人工的なひかりが洩れ出ていた。壁一枚へだてたところに彼が居るのだ、と思うと今すぐにでもドアを開けてしまいたくなるけれど、ぐっと我慢する。そんなことをしたら恋びと失格だ。

 探偵としてのポオさんも小説家としてのポオさんも、わたしがいちばん傍で、いちばん応援していたい。

 寝室について、ほっと胸を撫で下ろす。きっと気づかれていないはずだ。そのまま布団を捲って、のろのろとベッドへ潜り込む。明日、というか今日、特に予定は立てていないけれど、一睡もしないのは健康にも良くないだろう。無理やり瞼を閉じる。辺りがすんと暗くなって、風の音がよく聞こえた。すぐに恐ろしくなって、目を開ける。ひとり分空いたベッドはひどく無機質で、温度がない。

 彼が部屋にこもって執筆している間、わたしは夜通し読書をするのが決まりみたいになっていた。そうして毎回、彼にはやんわり怒られてしまう。

「寝ないで小説を書くのと読むの、そんなに変わらないでしょう?」
 前に注意されたとき、一度だけ反論してみたことがある。
「それは、……でも、君にはきちんと寝て欲しいのである」
「嫌。ひとりのベッドは寂しいもの」

 そのとき、カールはポオさんの部屋にいた。今もそうで、彼が執筆する間は常に近くにいるのだ。わたしだけの特権も沢山あるけれど、ミステリを書いている彼を見つめられるのはカールだけの特権だ。

「しかし、……」

 彼は悩みながらも、どうにかわたしを説得しようと言葉を選んでいるようだった。
 わたしがこうして彼を困らせることは珍しくない。ほんとうはすぐに謝ってしまいたいのだけれど、真剣に考えてくれている彼を見るのもまた嬉しくて、毎回なかなか踏み切れないでいる。

「ポオさんの小説を読んでいれば、一緒に居るような気持ちになるから」
「我輩は、君が心配なのである」

 はっきりとした声色だった。
「わかってる」彼のまっすぐなひとみに耐えきれず、わたしは下に視線を落とす。「……でも、隣にポオさんがいないとわたし、やっぱり眠れないの」

 彼がわたしを心配するのも、わたしが彼なしでは眠れないのも、どこまでも真実だった。
「ごめんなさい。ちゃんと寝るから」

 彼は困ったように笑って、わたしを抱きしめた。
 あのときの彼の手のささいな動きも、温度も、すべて今あったことみたく思い出すことが出来る。それでも彼は隣に居なくて、だからわたしはじっと朝焼けを見ている。こうしてベッドに横になっていても、ふたたび目を瞑る気にはならない。

 廊下から足音が聞こえて、わたしはとっさに布団を被る。顔を出していては、寝ていなかったのがバレてしまう。
 ベッドの端のほうが沈む感覚がして、ポオさんが来たのだとわかる。きっと彼はわたしが起きていることを知って、来てくれたのだ。

 布団から顔を出して、彼を見る。また怒られてしまうかもしれないけれど、それでもわたしは彼に会いたかった。そっと頭を撫でられる。頬に彼の指が触れる。顔が熱くなって、涙がひとつ零れる。

「やっぱりわたし、ポオさんがいないとだめみたい」

 わたしからも彼に手を伸ばす。短いキスのあと、やさしく抱き寄せられる。

「……そうであるか」

 さっきまでのうす暗い気持ちが、陽の光に溶けていくのがわかる。朝がようやく色づき、風が夏の匂いを運んでくる。

「おやすみ」

 彼の腕のなかはあたたかく、わたしは無意識に瞼を下ろしていた。朝日のきらめきがわずかに、目の奥に残っている。

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