温かいぬくもりに包まれて、それは悲劇の始まり月曜日



「名前お嬢様、おはようございます。」

爽やかな朝に響く、心地良さを感じるほどの低くて優しい声。

(…ついに来た…お母様が雇った1人目の執事…)

起き抜けのぼんやりとした頭で私は思った。うっすらと、相手に気付かれない様にまぶたを開けてみると、そこに居たのは綺麗なブロンドの髪のいかにもお母様が好きそうな紳士風の男だった。


「…まだ起きたくありません。」


目を閉じたまま、なるべく冷たい声で言い放つ。今までの軟弱執事達はこれを繰り返すだけで、根をあげて部屋から出て行ったり、ラッキーな時には私を「手に負えない」と言って勝手に辞めていってくれた。

だから今回も私はこのとっておきの作戦を決行することに決めていた。


「…そうですか。でも、そろそろ起きて頂かないと朝食の準備もありますし…。」


そのブロンドの男は、落ち着いた声でそう言った。ここまでは私の読み通り。みんなまずはそう言うのよね。


「…でも起きたくないんだもの。仕方ないでしょう?」


こんな事を言うと、シーナのお嬢様は我儘で人間として最低だとか思われるちゃうかもしれないけど、長期戦になればなるほど相手の執事を嫌な気持ちにさせてしまうことは明白だから、最初に思いっきり我儘を言ってさっさと辞めてもらわないと…。これが最善策なの。


「そうですか。なら仕方ありませんね。」


その声と同時に遠ざかって行く執事の足音。
やったっ!作戦成功!あまりにもシナリオ通りに事が進むから、きっと私の口元はニヤついていたと思う。


「……!?」


そう喜んだのも束の間。なにかふわっと温かいものに包まれる感覚がして、慌てて隣を見ると、さっきまでそばに立っていたブロンド執事が何故か私を抱き締めるようにしてベッドで横になってる!!


「なっ、何してるの!?」
「君が起きてくれるまで私は暇だから、こうして時間を潰す事にしたんだ。」


不敵に笑いながら言う執事の顔が思ったよりも近くて恥ずかしくなった私は、慌てて視線を逸らす。
ベッドに潜り込んでくる執事なんて聞いたことないっ!!それに、私の胸の辺りにのしかかる腕がおーもーいーっ!!


「…腕どけて…っ。重い…!」
「それは無理な相談だなぁ。」


ニコニコと笑うブロンド執事と、ますます苦痛に顔を歪める私。これが夢なら早く覚めて欲しい。

(…この人、絶対体重かけてる!)

じゃないとただの腕にこんなに圧迫感を感じるわけがない。
そう思った瞬間、私は作戦決行中に絶対に言ってはいけない言葉を口走っていた。


「分かった!ちゃんと起きるからっ!もうやめて…っ!」


その瞬間に、すっと消える胸の重み。深く息を吸って少し乱れた呼吸を整えていると、まるで何も無かったかの様にその執事は言った。


「それは良かった。おはようございます、名前お嬢様。」


言いながら、その執事は初対面の私の髪にキスを落とす。
第一印象では紳士っぽいと思ったけど、どうやらそれは勘違いだったみたい。紳士ならこんな起こし方はしないし、ましてや初対面の女の子のベッドに潜り込んだりするわけがないもの。


「…はぁ。最善策だったのに…。あなたには負けたわ、ブロンド執事さん。」
「最善策に留まっている様では何も変えることはできませんよ、お嬢様。」


意地悪な笑みを浮かべながら言う執事の言葉には妙な説得感があって、私は言い返すことができなかった。


「それから、私の名はエルヴィン・スミス。名前お嬢様の月曜日を担当させて頂きます。以後、お見知りおきを。」


印象的だったのは綺麗なブロンドの髪と、全てを見透かすような大きな瞳。