だって笑顔が見たいから


「アルミーン!今日の座学も全然分からなかったぁ。もう難しすぎるよ。」
「どの辺りが分からなかったの?名前。」


僕と名前はもう物心ついた時からずっと一緒だった。家も近くて幼い頃からたくさん2人で遊んだことを今でもよく覚えてる。エレンとミカサと出会う前から名前とはずっと一緒だったんだ。


「どの辺りが分からないのかも分からなかった…。どうして教官の話ってあんなに難しいのかな。」
「じゃあ今日やったところを最初から見直してみよう。」
「うん!ありがとうっ。アルミン!」


訓練兵に志願してからは、こうやって就寝時間まで2人で並んで勉強をしたりその日あった他愛もないことを話すのが僕らの日常だった。


「やっぱりアルミンはジャンとは違う。ジャンなんて今日も、お前は座学だけじゃなくて立体機動もダメだなとか言ってきたんだよ。…ひどすぎる。」
「まぁジャンはかなり立体機動が得意だからそういうこと言いたくなるのかもしれないね。」
「アルミンみたいにもう少し優しさってものを覚えたら良いのに…。」
「僕は名前が思ってるほど優しい人間じゃないよ。」


こうやって名前の勉強を見てるのは、名前の笑顔が見たいからで結局は自分の為なんだ。だからそんな人間を優しいとは言わないと僕は思う。理由があまりにも不純だから。


「そんなことない!あれだけの過酷な訓練の後に、こうやって毎日勉強を教えてくれるアルミンは優しいよ!」


名前が必死になって言ってくれるから僕は少し恥ずかしかった。でも同時にすごく嬉しかったんだ。


「…名前…ありがとう。」
「ううん。それは私のセリフ。いつも本当にありがとう。」


座学も立体機動も苦手なのに、名前は決して開拓地に戻りたいとは1回も口にした事がなかった。もう数え切れない程の仲間達が途中で挫折して開拓地に戻ったのに。…それに、名前の両親はあの日シガンシナ区で巨人に食べられた…それも名前の目の前で。もう巨人を見るのも嫌なはずなのに、どうして名前は今ここでこんなに頑張れるんだろう。成績的に憲兵団を志願するのは難しいだろうし。これは僕がずっと抱いていた疑問だった。


「ねぇ名前…。嫌だったら答えてくれなくて良いんだけど、1つ聞いても良いかな?」
「うん?どうしたの?」
「名前はどうして訓練兵に志願しようと思ったの?…その、巨人が怖くはないの?」


僕の質問に名前はあの日のことを思い出して泣くかもしれないと思った。でも、名前は僕の予想を大きく裏切ってふわっと柔らかい笑顔を見せたんだ。


「もちろん巨人は怖いよ。でもね…私は巨人よりもアルミンのいない世界の方がずっと怖いの。」
「…どうして…名前はそんな風に言ってくれるの?僕は名前の為になんて何もできないのに…。」


僕の言葉に今度は目を丸くして驚いた表情をする名前。どうしてそんなに驚くんだろう。


「今もそうだけど、今までもアルミンにはいーっぱい助けてもらったよ。昔から私が泣いてたら慰めてくれたり、話を延々と聞いてくれたり、外の世界についても教えてくれた。だから、何もできないなんて言わないで。もう充分過ぎるほど私はアルミンには助けてもらってるんだから。」
「…じゃあ名前は僕と離れたくないから訓練兵を志願したってこと?」
「うん。ただこれからも隣りでアルミンの笑ってる顔が見たかった。…ってあまりにも動機が不純だよね。」


そう言ってまた微笑む名前を見て、僕は首を横に振った。僕たちは似たもの同士なのかもしれないね。


「…ありがとう。」


名前の手を握って声を絞り出した。名前の言葉に胸がいっぱいで、これ以上の言葉が出て来なかったんだ。
でも僕はこの時、この先何があっても名前の笑顔だけは守り抜こうと決めたんだ。

 
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