あたたかいスープに勝る、きみの手


「…名前さん…俺だけど…。」

その夜、俺は先輩であり恋人である名前さんの部屋を訪れていた。
ただ会いたかったっていうのもあるけど、今日はそれだけじゃない。名前さんと同期で俺と同じ班の先輩であるペトラさんから、「最近名前がちゃんと食事を摂らないから何か食べさせて来なさい。」と言われてやって来た。

「…エレン?どうしたの?」

ドアから顔を覗かせた名前さんは、やっぱり少し痩せて見えた。
俺は班も違うし同期でもないから名前さんと一緒に飯を食べる機会はなかなかないけど、話によると、名前さんはほとんど食事に手を付けず、残した分をオルオさんに押し付けているらしい。

どうして名前さんがそんな事をしてるのかは分からねぇけど、食欲が無いんじゃなくて、食べるのを我慢しているように見えるってペトラさんは言ってた。


「こんな夜にごめん。これを名前さんに食べてもらいたくて。」

俺はアルミンに教えてもらいながら作ったスープを名前さんの前に差し出す。俺が作った物なら名前さんはちゃんと食べるだろうからってペトラさんは言ってたけど…。


「…これ…エレンが作ってくれたの?」
「そうだけど…。」
「嬉しい。じゃあ一緒に食べよ?」


そう言って名前さんは微笑みながら俺を部屋に招き入れた。
本当は全部名前さんに食べてもらいたかったけど、どうしてもって言うから半分は結局俺が自分で食べることになった。


「あたたかくて美味しい。…エレン、ありがとう。ペトラが何か言ってた?」
「名前さんが全然飯を食わねぇって聞いて…。」


俺の言葉にやっぱりそうだったんだって言って名前さんは笑った。その姿はちゃんと飯を食ってない所為か、笑ってるけどどこか元気がないように見える。俺は元気に笑ってる名前さんの方が好きだ。


「名前さん、どうしてちゃんと食わねぇんだよ。」
「それは…言いたくない。」


俺の質問に、名前さんはスプーンを置いて俯いてしまった。
どうして言いたくないのかは分からねぇけど…この状態が続いたらいつか名前さんの身体が悪くなっちまうのは確実だ。
だから俺も、簡単にここでは引きさがれない。


「どうして言いたくないんだよ。」
「だって言ったら絶対エレン笑うもん。」
「笑わねぇって。」
「…ほんと?」


俺が笑うってどんな理由だ…。俺には笑う余裕なんてねぇよ。名前さんの身体に何かあってからじゃ遅いんだ。
俺は名前さんの手を取って「笑わねぇから。」って、ゆっくり言い聞かせるように言った。
顔を上げた名前さんは泣きそうな顔をしていて…。

「…だって私…ミカサちゃんより可愛くない。…だから痩せて可愛くなりたかった。」

どうしてこの状況で出てきたのがミカサなのかは分かんねぇけど、名前さんが痩せる為に飯を拒絶していたことは分かった。
それに、可愛くなりたいって…。
俺は泣きだした名前さんを抱き寄せて言った。


「名前さんは今のままで充分可愛いだろ。」
「…そんなことない…っ。」


俺の腕の中で涙を流す名前さんは、やっぱり痩せていていつもより小さく感じる。可愛くなりたいから痩せたいとか言う名前さんが、俺はすごく愛おしかった。


「それに俺はいつもの名前さんの抱き心地の方が好きだ。太ってるわけでもねぇのにこれ以上痩せたらガリガリになっちゃうだろ。」
「…でも…っ」


首を振る名前さんの唇を塞いで後に続く言葉を封じ込める。名前さんが何と言おうと俺は名前さんが可愛いんだ。他の人なんて目に入らないぐらいに。
唇を離し、涙で濡れたその瞳を真っ直ぐに見つめる。

「俺はありのままの名前さんが大好きなんだ。」

その言葉にやっと首を縦に振ってくれた可愛くて愛おしい彼女を、俺はもう1度、強く強く抱き締めた。

 
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