抱えられるだけの幸福を君に捧ぐ


「…疲れた…。」

心身共にぐったり疲れた金曜日、帰宅ラッシュの満員電車からやっと解放された私は、空を見上げ1人呟いた。今週は毎日毎日残業で、本当にハードな1週間だった。
研究施設に勤めているのはもちろん好きでだけど、こうも残業が続くとさすがの私もまいってしまう。

(…早く家に帰りたい。)

冷たい風が吹き付ける中、私は家路を急ぐ。
足早に歩きながら思うのは、最愛の恋人である名前のことで。今頃名前は何をしているんだろう。まだ仕事中かな。できることなら今すぐ名前に会いたい。あの優しい笑顔に、声に癒されたい。

「…あれ?鍵どこだろう…。」

そうだ、ご飯を食べたら名前に会いに行こう。いきなり行ったらびっくりするかな?でも、お互いの家の合い鍵を持ってるぐらいだしそれは心配しなくても大丈夫かな。
自宅であるアパートのドアの前で、カバンの奥の方に手を伸ばし鍵を探っていると、私が鍵を見つけるよりも早くに勢いよく目の前のドア開いた。


「ハンジっ!お帰りっ!」
「名前!?どうしたの!?」


会いたい会いたいと願っていた名前の突然の登場に、私は驚きを隠せなかった。どうして名前がここに居るんだろう。疲れ過ぎて幻覚でも見てるのかな、私は…。


「どうしたのって…、合い鍵で入ったに決まってるでしょ。今日は仕事が早く終わったの。だからハンジに会いたいなって思って…。」
「…名前…」


そう言ってふわりと笑う名前の表情に、疲れ切って荒みかけていた心がじんわりと温められていく。さっきまでの疲れも、寒さもまるで最初から無かったかのように…。


「外寒かったでしょ?ハンジの好きなカレー作っといたからご飯にしよ。今温め直すね。」

幸せだと思った。疲れ果てて帰って来たら名前が居て、部屋は暖かくて、その上ご飯まで作ってくれていて。散らかった冷たい部屋に帰って1人で過ごすのとは全然違う。


「そうそう、今日はちゃんと甘口にしたからね。この前辛口のカレー食べた時、ハンジ涙目だったもんね。」
「…名前っ…」


台所に向かう名前の腕を引いて、私は両手で強く名前を抱き締める。名前のことが愛おしくて堪らなくて、気付けば身体が勝手に動いていた。


「…ハンジ!?どうしたの?お腹空いて…」
「名前…私と結婚して欲しい。」


私服でしかも家で、ムードの欠片もないこの状況で、その言葉は私の口から零れ落ちた。女の子ならみんなが憧れるであろう素敵なプロポーズのシチュエーションとはかけ離れ過ぎている。…それでも、私は自分の気持ちを抑えることができなかった。


「…本気で…言ってるの?」
「本気だよ!薔薇の花束とか、高価な婚約指輪とか何も準備できてないけど、この気持ちは本当なんだ!」


名前はきっと怒ると思った。こんな不格好なプロポーズは私だって聞いたことがない。
でも、顔を上げた名前は「ハンジらしいね。」って言って笑っていて。


「薔薇の花束も、高価な婚約指輪もいらないよ。私はハンジが居てくれたらそれで良いの。もう、充分に幸せなの。」
「…えっと…それはOKってこと…?」
「うん。…でもひとつだけ言っておきたい事がある。」


名前のその言葉に緊張が走る。一体何を言われるんだろう。
身構える私は、背筋を正して名前の次の言葉を待つ。


「…私は…ハンジの一生ものじゃなきゃ嫌だよ。仕事の被験体みたいに使い捨ては絶対に嫌だからね。」
「そんなこと絶対にしないよ!何があっても名前のことは、この先ずっと私が幸せにするんだから!」


名前の身体にまわしていた腕に、より一層力を籠める。名前を使い捨てだなんて、そんなのするわけないじゃないか。こんなに好きで堪らないのに…。


「それなら安心した。これからもよろしくね、ハンジ。」
「うん。大好きだよ、名前。」


そう言って私は名前の唇にキスをした。
腕の中で柔らかく笑う名前を、いつも安らぎをくれるこの温もりを、どんなことがあっても一生守っていくんだとこの時私は強く誓ったんだ。


 
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