トマトベースの恋模様


「これで準備OKかなぁ…?」

ぬかりはないかまだ自分以外は誰もいない部屋の中をぐるっと見渡してみる。

書類よし!
お茶よし!
ホコリなし!

うん、今日も完璧!これでいつ会議が始まっても怖くない!
会議というのは私が(何故か)所属するリヴァイ班の会議のことで、こうやって使う部屋を掃除したり、会議がスムーズに進行する為の準備は1番年下である私の日課だった。

先輩方はこんな私を見て「気が利くな、名前。」と褒めて下さるけど、私は別に気を遣ってやってるわけではない。ただ先輩方やリヴァイ兵長が怖いだけ!!
怒られる前に先輩方が怒りそうな原因を摘んでるだけですから!!


巨人殺しの達人集団を怒らせるなんて…考えただけでも目眩がしそう。
そういう私もメンバーの1人ではあるけど、私の場合はただ巨人が怖くて目とか瞑って必死に刃を振り回してたらいつのまにか巨人を倒せていたりなんかして、もう毎回がラッキーと言っても過言じゃないと思う。


(こんなチキンなだけの私がどうしてリヴァイ班にーっ!?)


と、今日も会議が始まる前に1人心の中で叫んでみても、現実は何も変わらず巨人殺しの達人集団である先輩方が部屋に集まりだす。


「ペトラさんお疲れ様です。ここ座って下さい。」
「あら兵長の隣?相変わらず気が利くわね、名前。」


いえいえ、ビビってるだけです。ペトラさんはとっても優しくて大好きだけど、兵長絡みになると普段からは想像できないぐらい恐ろしい一面を見せて下さったりするので、私はこうして顔色を窺っているのです。兵長の隣に他の人が座ったりなんかしたら、その後が怖い怖い…。


「おい名前、俺の飲み物だけココアじゃねぇか!よく分かってるな、お前。」
「は、はいっ!オルオさん最近お疲れって言ってたので今日は甘いものにしてみました。」


というのは嘘も方便で、この前の会議でオルオさんには兵長と同じブラックコーヒー出しときゃ外さないと思って出したのに、会議の後ペトラさんに俺は甘くない飲み物は嫌いだって愚痴ってたのを偶然聞いちゃったんですー!!今日もブラックコーヒー出してたら私絶対に削がれてましたよね…?あはは…。


そんなこんなで私の下準備の甲斐あって、今日も会議は滞りなく始まり、滞りなく進んでいくのでした。兵長から部屋の清潔度とか書類についてもダメ出しとかなかったし、このまま平和に1日が終わるんだと思ってた。
…この時は…。


「以上で今日の会議は終わりだ。」
「「はいっ!兵長お疲れ様です!」」


終了と共にさっさと部屋を後にする兵長と先輩方。1人部屋に残ってティーカップやら椅子やらの後片付けをするのも私の仕事。1番下っ端だから仕方ないと思う…。思うけど…自分の使ったティーカップぐらい自分で片づけてくれても良いと思う。
私だって先輩方みたいに早く訓練に行きたいのに…。というより、私みたいな出来そこないこそ人一倍訓練しないとすぐに巨人の餌になってしまうと思う。


「少しは手伝ってくれても良いのに…先輩方のバカ。」


本当はそこまでは思ってない。でも、少しは思ってる。
そんな誰にも言えない感情を口に出すと、自分でもびっくりするぐらいに気持ちがすっきりして、気付けば本音が次々と口から零れ出していた。


「でも私が1番バカって言いたいのはリヴァイ兵長よ。兵長に指名されてなかったら、きっと今も平和に過ごしてたのに。よりによって1番危険な特別作戦班なんて…怖すぎる!兵長のバカバカバカーっ!」


思わずテンションが上がって最後のバカは部屋に響いてしまった。
でも、何だろうこの感覚…。まるで生まれ変わったかのようにすっきりと心も体も軽くて、もうしばらくは頑張れそうな気がする。

(気合い入れて頑張ろうっ!)

そう思い、ティーカップを乗せたトレーを手に勢いよく部屋を出る。
こんな雑用さっさと終わらせ―


「よぉ、名前。御苦労だな。」


ガシャンガシャン!っとその声にびっくりして、零れ落ちてしまったティーカップが派手に割れる音がした。その声は聞き間違いなんかじゃなくリヴァイ兵長の声で…。


「…へ、兵長っ!?いつからここに!?」
「ずっと居たが。」


腕を組んだ兵長がもたれているのは、確認するまでもなくさっきまで私がバカバカと叫んでいた部屋のドアの横。…あんなに大きな声で叫んだんだから、聞こえてないはずがない。でも、兵長は特に怒ってる様子とかもなくて。


「…何か…聞こえました…?」
「別に。名前があいつらや俺のことをバカと罵る声なんて聞こえてねぇよ。」


全部聞かれてた!!
全てが終わったと思った。今までチキンなだけなのに、何故か物事が上手くいったりしてたけど今回のことは奇跡が起きても良い方向には転がりそうにない。
足元がガラガラと崩れていくような感覚がする。


「そんな顔すんな。今回のことは黙っておいてやる。」
「そうなんですか!?」


茫然とする私に兵長が言った奇跡のような言葉。兵長ってもしかして実はすごく良い人なのでは!?バッと顔を上げた私の瞳は、それはそれは輝いていたと思う。兵長の次の言葉を聞くまでは―。


「あぁ。お前が俺のものになるならな。」


はい…?今、兵長何て言った…?俺のもの…?ってどういうこと?
きっと私は訳が分からないといった顔をしていたんだと思う。兵長はそんな私を見てもう1度ゆっくりと言った。


「名前が俺の女になるなら、今日の事は黙っておいてやる。」


やっぱり聞き間違いじゃなかった。私が兵長の彼女になるってこと?…何で!?
というより、私もしかして今、告白されてる…?…いや違う!これは告白なんて甘い響きのものじゃなくて、脅迫だ!私、脅迫されてるんだ!


「どうするんだ名前。はっきりしろ。」


そう言って兵長はジリジリとこっちににじり寄って来るから、私もつられてジリジリと後ろに下がろうとしたのに、あっという間に腕を掴まれて捕獲される。
このままじゃ駄目だ。何か言わないと…。


「…私っ兵長のことは…上司としては尊敬していますが、お付き合いとかそういう対象では…。」
「お前の気持ちなんざ知るか。」


ええー!?恋愛ってお互いの気持ちが1番大切なんじゃないの!?知るかって…そんなことある!?
チキンな私の精一杯の主張は「知るか。」のたった一言で片づけられてしまった。


「まさかお前が俺達をバカと思っていたとはな。あいつらもさぞ驚くだろ…」
「お付き合いさせて下さいっ!!」


思いっきり叫んで顔を上げると、兵長は口元に笑みを浮かべながら「そうか。しょうがねぇな。」と言ってさっさと私の前から立ち去ってしまった。
残された私は1人茫然と立ち尽くす。

こんな脅迫から始まる恋愛ってあるの…?いや、そんなの聞いたこともない…。
私はリヴァイ兵長よりエルヴィン団長派だったのに。ってかペトラさんにはなんて言えば…!?
自分の身に起きているあまりにも信じられない出来事に私の頭はパニック寸前だった。

たぶん調査兵団1ビビりな私と、最強…いや最恐のリヴァイ兵長。こんな2人が恋人同士だなんて…これから一体どうなるのーっ!?

 
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