アン・ドゥ・トロワで恋に落ちよう


エルヴィン団長と私の関係に名前をつけるとしたら、一体何が正解なんだろう。
調査兵団を率いる頼れる団長と、そんな団長のもとで仕事に励む兵士。要するにただの上司と部下。

…でも、こうやって、貴重な休日を一緒に過ごす私達の関係は、ただの上司と部下ではないと思う。今日も私達は、2人でのんびりと湖のほとりを散歩中。


友達以上恋人未満?…いや、部下以上恋人未満?
イマイチしっくりくる言葉が思い付かない。でも、何にせよ私が団長を想う気持ちに変わりはないわけで。

(団長、あなたにとって私はどういう存在ですか?)

手を伸ばせばすぐに触れられる距離にあるその大きな背中に、問いかけたいような、問いかけたくないような…。私の心はゆらゆら揺れている。目の前で、煌めきながら揺れる湖の水面のように。


「…どうした?」
「い、いえ!何でもないです。」


並んで歩いていたのに、考え事のせいでいつのまにか遅れてしまった私を、不思議そうな顔で見ている団長。慌てて追いついて、また同じ歩調で歩きだす。

こうして一緒に過ごせる時間が幸せで、もうこの関係に名前なんてつけなくても良いんじゃないかとさえ思えてくる…。
でも、この関係をはっきりさせたら、団長との間に感じるあと5cmぐらいの隙間を埋めることができるのかな。


「名前」
「団長」


ふいに重なった2人の言葉。そんな偶然さえも嬉しくって、くすぐったいような気分。


「すみません。団長からどうぞ。」
「あぁ、すまない。実はハンジから聞いたんだが、同じ班の男から交際を申し込まれたというのは本当の話なのか…?」
「…それは…その…」


どうしてハンジ分隊長がそのことを知っていたのかは分からないけど、それは事実だった。エルヴィン団長に話そうかどうか迷ったけど、何だか少し後ろめたくて言えないでいたこと。


「…本当です…。」
「そうか。それは穏やかではいられないな。」


団長は普段はあまり見せない様な険しい表情で言った。そんな風に言われると、やっぱり団長の気持ちを期待してしまう。


「…どうして団長は穏やかではいられないんですか?」
「名前のことが好きだからに決まっているだろう。」


私の問いかけに、団長はいとも簡単に答えた。まるで、そんなことも分からないのか?といった感じに。

初めて言われた、ずっと聞きたかった「好き」の言葉。自分が団長にとって、ただの部下では無かったことが嬉しかった。


「…本当…ですか?」
「…まさか、俺の気持ちは今まで名前に全く伝わってなかったのか?」


団長は驚いた顔で私を見た。こういう時、何て言ったら良いんだろう。伝わってなかったわけじゃないけど、確信もなかったし…。


「…えっと…。そうなのかなぁ?そうだったら嬉しいなぁって思ってました。」
「そうか。俺はすっかり恋人同士のような気分でいたよ。」
「あっ!でも、それは…私も同じです…。」


初めて、こんなにお互いの気持ちを伝え合っていて、それが無性に恥ずかしくて…。やっぱりお互い恋人同士のような気がしてたんだ。それなら、あと1歩をもっと早くに踏み込んでいれば良かったな。


「名前はさっき何を言いかけたんだ?」
「…団長にとって私はどんな存在なのかを聞きたくて…。」
「そんなの決まっているだろう。私にとって名前は、代わりのきかない大切な存在だ。」


真剣な表情で言う団長のその言葉に、本当に自分を想ってくれているんだと実感して自然と頬が緩む。


(私の気持ちも団長と同じ。)


「私にとっても団長の代わりなんていません。それぐらい大切な人だと思っています。」


初めてちゃんと言葉にした自分の気持ち。団長は「そうか。」と言って少し笑うと、私の手をしっかりと引いて歩き出した。

さっきまで感じていた、5cmの隙間は今はもう感じない。
私と団長は今日も2人で並んで歩く。
それは昨日までと同じようで、同じじゃない。

 
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