全ては瞬きの間に


今、私は酒場にいます。
私の左隣には巨人のことについて熱く語るハンジ分隊長。うん、これは予想通り。ハンジ分隊長から飲みに付き合ってって言われた時から覚悟してた。

(…でも…どうしてリヴァイ兵長までいるの!?そんなの聞いてない!!)

私の右隣には、ハンジ分隊長の熱い語りなんてまるで知ったこっちゃないといった感じで、グラスを口に運ぶ兵長。その姿が何だか色っぽくてドキっとしてしまう。

(本当にかっこいい…。)

正直、兵長の姿から目が離せなくてハンジ分隊長の話なんて全く耳に入らない。しかも、このカウンター席狭いからちょっと気を抜いたら肩とか触れそうなんですけど!


「なんだ名前。これ飲みてぇのか。」
「い、いえっ!そんな…。」


兵長の方ばかり見てたから、お酒を狙ってると勘違いされたみたいで、兵長は私の前に自分のグラスを差し出した。確かに兵長がどんなお酒を飲んでるのかはすごく気になるけど…。でも、兵長が口をつけたグラスで飲むなんて…そんなの…。


「間接キスだねっ!!」
「これと同じの下さい!!」


ハンジ分隊長の言葉をかき消すように、私はカウンターの向こうにいるおじさんに叫んだ。私の気持ちを知ってるくせに、どうしてそういうこと言うかな!

「ハンジ分隊長が変なこと言ってすみません。」と謝まり、グラスを兵長に返す。この飲み会が終わるまでに、ハンジ分隊長が私の気持ちをバラす様なことを口走ったら…と思うとドギマギしてしょうがない。牽制の意味も込めてハンジ分隊長を睨むと、何が嬉しいのか口元に笑みを浮かべてる。

(もーやだっ!)

この人楽しんでる!ハンジ分隊長の変態!ドS!
心の中で叫びながら、私はおじさんが手渡してくれた兵長と同じお酒に口を付ける。


「…ゲホッ!!…兵長、いつもこんなきついお酒を…?」
「あぁ。」


私が心を躍らせながら口に運んだリヴァイ兵長と同じお酒は、それはもうすっごくきっついお酒で…。アルコールをそのまま飲まされた気分だった。


「えー!?どんな味なの!?」
「ちょっ、ハンジ分隊長!?」


そう言って、ハンジ分隊長は私の方に身を乗り出してグラスを奪おうとするから、必然的に私の身体は兵長の方に傾くわけで。兵長も避けてくれたら良いのに、微動だにしないからぐいぐいと兵長の身体に押し付けられる。

(やーめーてー!!)

この状況に、もう顔から火が出そうだった。隣に兵長が座ってるだけでも恥ずかしいのに、こんなの耐えられないっ!!そう思った私は、ガタッと椅子から立ち上がった。


「…お手洗いに…行ってきます。」
「早く戻って来てよ!!名前!!」


早く戻ってもあなたのオモチャにされるだけでしょう!?そう言いたかったけど、こんな人でも一応私の上司…。はいと小さく頷いて、私はトイレに向かった。
取りあえず1回クールダウンしないとまずい!心臓が…爆発する!


「あれ…?名前か?久しぶりだな!」
「うわぁ久しぶりー!」


トイレの前で偶然ばったり会ったのは、駐屯兵団を志願した訓練兵時代からの同期だった。所属兵科が違うとほとんど顔を合わせる機会がないから、本当に久しぶりの再会だった。


「お前…なんか綺麗になったな。男でもできたのか?」
「いないいない!そんなこと言っても何も出ないよ!」


がっつり片想い中ですから!でも、綺麗になっただなんて嬉しい。


「俺…ずっと名前のことが好きだったんだ。なぁ、名前。男がいないんだったら俺と…。」
「ええ!?冗談やめてよ!そんな冗談言うなんてどんだけ飲んだの?」
「冗談じゃねぇよ!俺は…!ちょっと来いよ。2人きりでちゃんと話したい。」


そう言って私の腕を掴んで店の外に出て行こうとする同期。その手を振り払いたいのに、お酒のせいかあまり力が入らない。どうしよう!ハンジ分隊長とリヴァイ兵長を待たせてるのに!


「もう本当に止めてってば!!」
「痛ってぇ!!」


(…え?痛い?私は叫んだだけで何もしてない。)


顔を上げた私の瞳に映ったのは、同期の腕を捻り上げるリヴァイ兵長の姿だった。


「兵長!?」
「おいガキ。俺の女に何してる。」
「…っ…そういうことかよ。こんな有名人と付き合ってるなんて言えねぇよな?」
「…え…ちがっ…」
「もう良いよ。お前が幸せならそれで…。」


そう言って同期は兵長に頭を下げて、さっさと夜の街に消えてしまった。「俺の女」だなんて兵長はとっさに言っただけなんだろうけど、正直私はすごく嬉しかった。
でもこれ、噂になるんじゃ…。


「名前、帰るぞ。」


ぼーっと突っ立っていた私は、兵長の言葉にハッとして後を追った。あれ…?そう言えばハンジ分隊長はどこ行った?まさか酒場に置いてけぼり…?
でも、今はそれよりも…。


「兵長、さっきはすみませんでした。変なことに巻き込んでしまって…。」
「…別に。」
「それに…兵長の彼女が私だなんて嘘の噂が広まってしまったら、もう本当に申し訳ないです…。」


さっき同期も言ってたようにリヴァイ兵長は有名人。その名は兵団関係者だけではなく、もはや一般の人達にまで知れ渡ってるって言うのに。噂がひとり歩きなんてしたら、兵長の名に傷を付けてしまうんじゃ…。


「…なら、嘘を本当にするか。」
「…え?それってどういう…」


突然ぐいっと腰を抱かれ、一気に近づく兵長の顔。そのあまりの近さに思わず顔を背けた私。でも、そんな私の顎を掴んで無理やり自分の方に向かせてから兵長は言った。


「そのままの意味だ。」


瞳を覗き込むようにして言う兵長の言葉に、お酒でぼーっとする頭が一気に覚醒し出した私は、ただ黙って頷くのに精一杯だった。


 
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