想像よりも遥か彼方に
「おい名前。何だこの白くてドロドロしたものは…。」
私の手作りシチューをすっごく怪訝な表情で睨みつけてるこの男はリヴァイ。遡ること3日前、アパートの前でウロウロしていたリヴァイを見つけた私は、見たこともない不思議な格好をしている彼のことが気になってつい声をかけてしまった。
部屋に上げて話を聞くと、どうもリヴァイは私の住む世界とは別の世界からやってきたらしかった。リヴァイの口から出る言葉は「巨人」とか「調査兵団」とか耳馴染みのない言葉ばかり。巨人に食べられる危険があったり、命を懸けてその巨人たちと戦うなんて、平和ボケした世界の住人である私には想像もつかない。
でも、そんなぶっとんだ話なのにリヴァイが言ってることは嘘じゃないと思った。自分でもどうして知り合ったばかりの男をこんなに信用しちゃってるのかは謎なんだけど…。
「そんな怖い顔しないで食べてみてよ。毒じゃないんだし。」
「………。」
行く宛てのないリヴァイを部屋に住まわせ始めたのは良いけど、この人パンしか食べてくれない!お米は「ベタベタして気持ち悪ぃ。」って拒否されたし…。和食には馴染みがないに違いない。こたつに足を入れるまでもだいぶ時間がかかったし、きっと欧米っぽい文化なんだろうな。そう思ってシチューにしたのに、まさか自信作をこんな訝しげな目で見られるなんて…。
「元の世界に戻ってやらなくちゃいけないことがあるんでしょ?パン以外も食べないとそれまでに栄養不足で死んじゃうよ。」
「……チッ。」
リヴァイは私の言葉を聞いて観念したのか、舌打ちをしてシチューを掬ったスプーンを口に運んだ。口に合うのか合わないのか、その表情からは全く読み取れない。
「ど、どう?」
「………悪くない。」
「悪くないってどういうこと?つまり美味しいの?」
「うるせぇな。お前も黙って食え。」
結局、何回聞いても「悪くない」の言葉の真意は聞き出せなかったけど、お皿のシチューを残さずに全部食べてくれたからよしとしよう。明日はポトフにしようかな。いや、それだとシチューとキャラ被りすぎかも…。なんて明日のご飯について考えていたら、リヴァイの濡れた髪が目に付いた。そう言えばリヴァイはご飯の前にお風呂入ったんだっけ。
「ねぇ、ドライヤーしないの?髪濡れたままだと風邪引くよ。」
「……何だそれは。」
あれ?ドライヤー知らないのかな。あんなに便利なのに。いやもしかしたら、リヴァイの世界では別の呼び方なのかもしれない!そう思った私は実際にドライヤーを見せてみることにした。
「これだよこれ。知ってるでしょ?」
「…こっちの世界の信煙弾か。気持ち悪ぃ色だな。」
「は?しんえん…?」
それに気持ち悪ぃってなによ!私のお気に入りの薄ピンク色のちょっとお高くてマイナスイオンまで出るやつなのに!やっぱりリヴァイはドライヤー知らないのかも。
(だったら…。)
こたつに入ったままのリヴァイの後ろにまわって私は言った。
「もう、知らないんだったら私がやってあげる。」
「おい止めろ。人に向かって煙弾撃つバカがいるか。」
「だからそのえん何とかじゃないから大丈夫!」
リヴァイの制止を無視して私はドライヤーのスイッチを入れた。ゴォーっとあたたかい風と同時に部屋の中にふわっと広がるシャンプーの清潔な香り。
「ね?大丈夫でしょ?」
「…何故そこから風が出ている?」
「うーん。どうしてだろ。」
「分からねぇのかよ。」
リヴァイはそう言ったきり前を向いて静かになった。少しはドライヤーと私のこと信用してくれたのかな…。指に絡むリヴァイの髪はサラサラで羨ましい。分け目に合わせて優しく髪を撫でるように丁寧に乾かした。
「はい、終わったよ。」
「………。」
「リヴァイ?」
返事がないからどうしたんだろうと思って後ろから顔を覗き込むと、目に映ったいつもよりほんの少しだけあどけない寝顔に思わず頬が緩む。
(何だか大きな猫みたい…。)
私は座ったまま眠るリヴァイのその背中にそっと毛布をかけた。いつか、私の想像を絶するような過酷な世界に帰ってしまうんだったら、今はここでゆっくり休めばいい。この不思議な共同生活が少し楽しいなんて、いつかは帰ってしまうのが本当は寂しいなんて、今はまだ秘密にしておこう。
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