ウタタネ(後編)


「座れ。」
「は、はいっ!」


ソファの前まで引っ張って連れて来られ、半ば強引に座らされる。そして私の隣には兵長がドサッと座った。初めて入った兵長の部屋はホコリなんて見当たるはずも無く、床から窓までしっかり掃除されていて、これは夢じゃなく私は今、兵長の部屋に居るんだという実感がじわじわとわいてきた。


「飲め。」
「えっ!?これ…。」


兵長が私の目の前に差し出したのは、良い匂いのする紅茶だった。驚きながら、突然差し出されたそのティーカップを受け取り、私は兵長に問いかけた。


「これ、もしかして兵長が淹れて下さったんですか!?」
「…悪ぃかよ。」


そっぽを向いたまま答える兵長。私の為にわざわざ紅茶を淹れて部屋で待っててくれたかと思うと、嬉しさと愛しい気持ちで涙が出そうになった。でも、部屋に来たばかりなのにいきなり泣いたりしちゃダメだと思い、何とか涙を堪えて紅茶を口に運ぶ。


「美味しい…。」
「当たり前だ。俺が淹れたんだからな。」


兵長はいつもと変わらない。…でも、2人きりのこの空間はやっぱり緊張するっ!ゆっくりと紅茶を飲みながらも私の心拍数は増える一方だった。心を落ち着かせるかのように紅茶を飲んでいると、突然兵長が口を開いた。


「お前、全然こっち見ねぇな。」
「そ、そんなことありませんっ!」


ちらっと兵長の顔を見て、やっぱり恥ずかしくてすぐに目を逸らす。緊張のせいか兵長の方をあまり見れない。


「何緊張してんだ名前?」


気付いたら、さっきまで少し空いていた距離をいつの間に詰めたのか兵長の声がすぐ耳元で聞こえた。


「お前緊張してんだろ。」
「ち、近いですよ!兵長!」


顔が近くてドキドキする!
私の緊張に気付いた兵長は、口元に少し意地悪な笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。この人絶対に面白がってる!


「こ、この状況で緊張しない人なんていないと思いますっ!」
「そうか。」


そう言って兵長はクックッと笑う。兵長はすごく余裕なのに、私1人で緊張したり赤くなったり…。


(もうやだ恥ずかし過ぎる!)


そう思い、両手で顔を覆い下を向いていると突然身体がフワッと宙に浮くのを感じた。


「へ、兵長!?」


膝下を掬いあげられ、横抱きに抱えられたまま兵長の足はベッドに向かって進む。


(ついに来た!大人の階段!)


どうしよう!心の準備なんてもちろんまだできてない!
そのままゆっくりとベッドに降ろされ、同じように私の隣で横になった兵長に抱きしめられる。


「名前。」


今まで知らなかった兵長の匂いや腕の力強さに、心臓が早鐘を打つ。
しばらく緊張で身体をこわばらせていた私だったけど、兵長は抱きしめながら優しく髪を撫でるだけで他には何もしてこない。
その優しい指先に、緊張よりも幸福感が私を包む。


(好きな人に髪を撫でられるのってこんなに気持ち良いんだ。)


窓から見える青空には柔らかな雲がフワフワと浮かんでる。何だろう、この感じ…。
それは幸福感で胸やお腹がいっぱいで、少し眠くなるぐらいの幸せが一気に押し寄せるような感じだった。


「兵長、私すごく幸せです。」


兵長は私の顔を見て、何も言わずに額にキスを1つ落とした。初めて兵長からもらったキスはすごく嬉しかった。…でも、少し物足りない気がするのはきっと気のせいじゃない。いつもよりも大胆な下着が、私の心まで大胆にしてしまってるのかな。そんな私の目は嫌でも兵長の唇にいってしまう。


「んっ…。」


突然、ちゅっと唇に柔らかい感触がして少し遅れてから、今度は唇にキスされたんだと気付く。


「へ、兵長!?」
「名前が物欲しそうな顔してるからだろ。」
「そっ、そんな顔してませんっ!」


心を見透かされた様な恥ずかしさと同時に、さっきまで忘れかけていた緊張感がじわじわと広がって行く。


「そんな顔すんな。今日はこれで勘弁しといてやる。」


兵長はそう言って、また私を抱きしめさっきの様に優しく髪を撫でた。


(私に歩幅を合わせてくれてるのかな。)


そう思うと嬉しくなって私は自分から兵長にギュッと抱きつき、その胸に顔を埋めたままで言った。


「兵長、こんな私ですがこれからよろしくお願いします。」
「ああ。覚悟してる。」


聞こえてきた兵長の声は優しくて、思わず頬が緩んでしまう。
私と兵長の恋は、まだ始まったばかり。


 
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