誰にも言えない胸の秘密


「はぁ…。」
「どうしたんだ名前?溜息なんて吐いてらしくないな。」
「うん…ちょっとね。」


訓練の合間に浮かない顔をしている私に、ミケは心配そうな目を向けてくれた。ミケとは仲間であり友人で、元気がない時はいつもこうやって心配してくれたり、話を聞いて貰ったりしてる。


私がらしくない溜息を吐くのは、今朝ナナバが私に話した内容が原因だった。


「昨日、部屋まで行って話を聞いたんだけどかなり思い詰めていて、このままだと調査兵団を辞める可能性もありそうだね。」
「…そうなんだ。」


ナナバと同じ班の女の子が、最近すごく悩んでることはたまに聞いて知ってたけど、わざわざ部屋まで行ったという事に驚いた。ナナバが私以外の女の子の部屋に行くなんて…。心に鈍い痛みが広がる。
でもあまりに醜い感情だから、さすがにこの事はミケにも言えないな。


「ナナバのことか?」


さっそく言い当てられてドキっとした。さすがはミケ。よく鼻が利く。


「うんまぁね。ナナバって誰にでも優しいよね。」
「面倒見の良いやつだからな。」


ミケの言う通りだと思う。ナナバは面倒見の良いお兄さんタイプで、困ってる人や部下を放っておけない人。そんなことは昔から知ってる…。それに、そんなナナバだから私は好きになった。
でも、いくら自分の班の女の子が悩んで泣いてるからって、その子の部屋まで行って話を聞くのはどうなの?優しさゆえの行動だろうし、邪な気持ちで部屋まで行ったんじゃない事は分かってる。でも頭では分かってるつもりなのに、心がついてきてくれない。


「あー私って心狭いなぁ。」
「そんな事は無いだろう。それに言いたい事があるならちゃんと本人に言ってやれ。」
「…え?」


ミケの視線の先に目を向けると、こっちに向かってくるナナバの姿が見えた。今はあんまり会いたくないと焦る私をよそに、「じゃあな。」と私の頭にポンと手を置いて、ミケはすぐに立ち去ってしまった。


「名前、浮かない顔してどうしたの?」
「…何でもないよ。」
「ミケには話せるのに私には話せないんだ。」


ナナバは少し冷たい声でそう言った。ミケにもほとんど話してないけど…ナナバには余計に話せない。こんな醜い私を知られて嫌われたくない。


「ナナバには…言えない。」
「どうして?」
「…どうしても。」


そう答え、気まずくなり下を向いた私の手をナナバは掴んだ。


「名前、ちゃんと話すまで離さないよ。」


気のせいではないナナバの鋭い視線が痛い。そんなに怒らなくても良いのに。そう思うと、私もだんだん腹が立ってきた。


「じゃあ言うけど、今朝ナナバが話してくれた同じ班の女の子のこと。別に部屋まで行かなくても良かったんじゃない?私はその事を聞いて嫌だった。」
「ああやっぱりその事か。」


やっぱりって…。予想外なナナバの反応に私は驚いた。それにこんな事を言ったらナナバはきっと怒ると思ってたのに、私に向けた目はさっきよりも優しかった。


「私もその事を名前とちゃんと話したかった。今朝話した時に、名前が一瞬悲しい顔をしたのがずっと気になってたんだ。」
「私そんな顔してた?」
「うん思いっきりね。確かに名前の言う通りいくら心配だからって、部屋を訪ねるのは軽率だったと思う。不安にさせて悪かったね名前。」


…気にしてくれてたんだ。私の手を握り真剣な表情でそう言ってくれるナナバを見てると、さっきまでのもやもやした気持ちはすっと消えてしまった。


「私の方こそごめんなさい。ナナバは部下の事を思ってしたんだってちゃんと頭では分かってたのに、感情が先に立っちゃった。こんな事でヤキモチ妬いたりして呆れたでしょ?」
「それは私も一緒だよ。面倒見が良くて誰にでも優しい名前の姿を見ていると嫉妬してしまう時がある。」


そう言って、ナナバは突然グイッと私を抱き寄せた。私は突然抱きしめられたことよりも、ナナバの言葉に驚いた。
だってナナバはどこか淡々としてるところがあるから、嫉妬したりとか人に執着することは無い人だと思ってた。


「ナナバもヤキモチ妬いたりするの…?」
「かっこ悪いからずっと内緒にしてたんだけどね。…さっきミケが名前に触れたのにも正直腹が立ったよ。」


それは紛れもなく、私が今まで知らなかったナナバの新しい一面だった。


「私はいつだって名前を独占したいんだ。」


そう言うと、ナナバは少し決まりの悪い顔で手を伸ばし、さっきミケが触れた私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。私とナナバはお互い知らない間に、同じような秘密を胸の奥に抱いていたみたい。

 
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