桜色コンフィチュール


「う〜ん…どうしよう…。」

私がさっきから手に持ち穴が空きそうなほどまじまじと眺めているのは、小さな瓶に入った桜色のりんごジャム。このジャムを買うかどうかで激しく迷っている私は、手に持っては眺め、やっぱり元の場所に置くという行為をずっと繰り返している。

(桜色のりんごジャムなんて珍しくて可愛いし、それに絶対美味しいと思う…。)

でも、ジャムが無くてもパンは食べられるし、やっぱり無駄遣いになっちゃうかな。
たまにこうして街に買い物に来ると、可愛いものや美味しそうなものが溢れかえっていて、あれもこれも欲しくなるから困る。こんな風に珍しい物と出逢うことも少なくない。お店の人によると、このジャムはりんごの皮も使って一緒に煮詰めるから色が薄い桜色らしい。
…欲しい!すごく欲しいけど…どうしよう…。
悩み続ける私のすぐ隣に立つリヴァイさんの方を見ると、退屈そうに欠伸をしていて…。

(やっぱり止めておこう。)

せっかくの休日なのに、これ以上悩んでリヴァイさんを退屈させるわけにはいかない。2人で楽しめないと意味がないもの。


「リヴァイさんお待たせしてごめんなさい。次、行きましょう!」
「そんなに欲しいなら買えば良いだろ。」


そう言ってリヴァイさんは私の手からジャムの小瓶を取り上げ、あっという間にお金を払うと、空いた私の手を取って歩き出した。


「リ、リヴァイさん!?買って貰っちゃって良かったんですか!?」
「別に大したことねぇだろこれぐらい。」


大したことありますよ!ジャムはなくても生きていけるし、それにうちの家計はリヴァイさんの稼ぎで成り立っていて、私が稼いでくるほんの少しのお金をリヴァイさんは絶対に受け取ってくれない。だからこんな私利私欲の買い物は私が自分のお金でするべきなのに…。でも、リヴァイさんからの突然のプレゼントはやっぱり嬉しい。


「リヴァイさん…ありがとうございます。何かお礼しないと。」
「なら名前の淹れたコーヒーで良い。」
「ええっ!?それだけで良いんですか?」
「あぁ。帰ってお前の淹れたコーヒーが飲みたい。」


コーヒーを淹れるだなんて普段の朝と全く変わらないのに…。でも、こうなったらとびきり美味しいコーヒーを淹れようと私は胸に誓った。


「じゃあ、帰ってお茶にしましょう!」
「そうだな。」
「ヒューヒュー!兵長夫婦!仲のよろしいことで!」
「バカ!コニー止めろって!」


リヴァイさんが私の言葉に答えた瞬間、背中越しに聞き覚えのある声が聞こえてきた。反射的に振り向くと、そこに居たのは104期のみんなで。


「あーっ!!みんな何してるの!?」
「兵長と名前さんの尾行…じゃなくて、買い物です!」
「そうなんだ!みんなも今日はお休みだったんだね。」
「そうなんです。もう今から宿舎に帰るところだったんですけど、偶然兵長と名前さんの姿をお見かけして…。」


ん?エレン尾行って言った…?でも、今日はもし尾行されていても見られて恥ずかしいことは何ひとつしていないはず!うん、大丈夫!
それよりも、恥ずかしそうに言ったアルミンの言葉に、私はすっごく、すっごく良いことを閃いてしまった。もうこの先しばらくはこんな閃きはないんじゃないかというぐらいに。


「じゃあ、みんなうちでお茶していかない?」
「「ええー!?良いんですかーっ!?」」
「…おい名前、何を言ってる。」


兵長の家だー!!お茶だぁー!!と大騒ぎしてる104期のみんなとは対照的に、リヴァイさんはあんまり浮かない表情。…あれ?リヴァイさんも喜んでくれると思ったんだけどなぁ。家はちゃんと掃除もしてあるし…。なのに、どうしてこんな表情なんだろう。


「リヴァイさんの買ってくれたジャムもありますし、みんなでお茶したら楽しいかなぁと思ったんですけど…。」
「フン、勝手にしろ。」
「リヴァイさん何か怒ってま…」
「名前さん!!今、ジャムって言いました!?言いましたよね!?」


私のリヴァイさんへの問いかけは、これでもかという位に瞳を輝かせながら凄い勢いで迫ってくるサシャによって遮られてしまった。でも、ジャムにこんなに反応するなんてさすがはサシャ!よく分かってる!


「うん!リヴァイさんが買ってくれたの。あとパンとか紅茶もあるし、みんなでお茶にしよう。」
「パァン!!やったぁーっ!!」


104期のみんなが予想以上に喜んでくれて、みんなの姿に自然と私の頬も緩む。そういえば、調査兵団でハンジさん以外の人がうちに来るのは初めてかも。何だかこういうのって嬉しいなぁ。


「名前さぁーん!この道真っ直ぐで合ってますかぁー?」
「うん!しばらく真っ直ぐだよ!」


はしゃいでる104期のみんなは走るぐらいの勢いでどんどん前に進むから、置いていかれている私とリヴァイさんはみんなの少し後ろを歩く。ほんとに元気だなぁ、あの子達。このままだと、どんどん距離が開いちゃいそう。


「名前。」
「はい…んっ!」


名前を呼ばれて振り向いた私の唇に、リヴァイさんは突然ちゅっと軽いキスをした。こんな街中で、104期のみんなが近くに居る中で。


「名前、あいつらは日が暮れるまでには追い出せ。それから、あいつらが帰った後は覚悟しておけ。」


唇が少し離れただけの至近距離で、私の唇を親指でなぞりながらリヴァイさんがそんな事を言うから、恥ずかしさで言葉が出てこない。

(…覚悟って…。)


「あーっ!!兵長と名前さんがイチャついてるぞみんな!!」
「バカ!コニー!お前兵長に削がれてぇのか!?」
「い、イチャついてないよっ!」


みんなに見られていた恥ずかしさも相まって、私は思わず大きな声で言った。一体いつから見られてたんだろう。さっきまでみんな前を向いて歩いていたのに。
とにかく、リヴァイさんの言う「覚悟」はまた後でするとして…。


「リヴァイさん行きましょう!」


突然のキスにドキドキといつもよりはやい心臓の鼓動をごまかすように、私はリヴァイさんの手を取ってみんなの方へ走り出した。



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