同じ呼吸で生きるなら


その日は珍しく、リヴァイさんが花屋の店先で私の仕事が終わるのを待ってくれていた。兵士長をしていて毎日忙しい彼が、陽が沈む前にここに現れるなんてそれはそれは珍しいことだった。
たいていは先に仕事を終わらせた私が、いつもの待ち合わせ場所である勤め先のこの花屋の前で待つことが多いのに。



「リヴァイさんお待たせしました!」
「…ちょっと付き合え。」


仕事を終わらせリヴァイさんに駆け寄った私は、彼の様子がいつもと違うことに気付く。恋人同士になって1年、彼の様子の変化ぐらいはすぐに分かるようになっていた。

リヴァイさんはジャケットを翻すと、どこに向かっているのか足早に歩く。


(どうしたんだろう…。まさか…別れ話?)


不穏な空気に胸がざわつく。私は不安な想いを胸に、何も言わず少し前を歩くリヴァイさんの背中を見つめ歩いた。


しばらく歩くと、ピタッと止まったリヴァイさんの足。
その場所で私の瞳に映ったのは、息を呑むような鮮やかな景色だった。


「…すごい…綺麗…。」


目の前には一面のコスモス畑。赤色、白色、桃色と見渡す限りに広がる可愛い花たち。きっと咲き乱れるってこういうことを言うんだと思う。その花たちが優しい風に揺らいでいて、空から降り注ぐ夕陽よって橙色に染められているのがまた綺麗だった。
歩いて行ける距離にこんな素敵な場所があったなんて知らなかった。

うっとりする様なその景色に思わず顔が綻ぶ私だったけど、何も言わずにただ私を見つめるリヴァイさんに、じわじわと不安はまた胸に広がる。


「名前…話がある。」


(…やっぱり…。)

嫌な予感が的中したと思った。もうこれが私達の最後だから、せめて最後ぐらいはと思って私の好きそうな場所に連れて来てくれたんだ。…リヴァイさんは優しい人だから。
でも、私はリヴァイさんと別れるなんて…。


「…嫌です…。」
「あ?まだ何も言ってねぇだろうが。」
「…リヴァイさんと…別れるなんて…嫌です…っ…ううっ…」


ついにはボロボロと泣きだした私を、リヴァイさんは少し驚いた表情で見てる。こんな我儘言って困らすなんて最低だと自分でも思う。きっとリヴァイさんも呆れ返ってる…。
でも、こんな我儘を言ってしまうほど、もう私の中でリヴァイさんは大きな存在になっていて、どうしても自分の感情に蓋をすることができなかった。


「そうじゃねぇよ。ちゃんと話を聞け。」
「…〜っ!」


いやいやと首を横に振る私は、本当に聞き分けのない子供のよう。
そんな私の左手をリヴァイさんは少し強引に取り、その両手で強く握り締めた。


「名前、俺と結婚しろ。」


ザアッと少し強い風が吹き抜け、私は顔を上げた。

(…今…何て…?…結…婚…?)

あまりの驚きに涙は止まってしまった。私の予想とは全く反対のリヴァイさんの言葉。

(…これは…夢…?)

でも、リヴァイさんの真剣な眼差しや、私の手を握るその手の力強さが、これは夢じゃないんだということを教えてくれている様だった。


「俺はお前が居れば他にはもう何もいらねぇ。だからお前は…いつでも俺の1番傍で笑ってろ。」


リヴァイさんがくれたその言葉はあまりにも嬉しくて…。
でも、リヴァイさんは本当に私なんかで良いの…?もっと綺麗で素敵な人はいっぱい居るのに…。


「…私で…良いんですか…?もっと綺麗で気立ても良」
「ごちゃごちゃうるっせぇな。俺はお前が良いって言ってんだろ。名前、お前の気持ちはどうなんだ。」


リヴァイさんは私の言葉を遮り、強い瞳で言った。
私の気持ち…そんなのとっくに決まってる。


「…私だって…リヴァイさんが良いです…!リヴァイさん以外の人なんて考えられません…!」
「なら何の問題もねぇな。」


そう言うと、リヴァイさんはジャケットの胸ポケットから小さな箱を取り出した。開けられたその箱の中には、キラキラと輝くプラチナのリング。傷も曇りもひとつないそのあまりの輝きから、私は目が離せなかった。


「…リヴァイさん…これ…。」
「あぁ。良い虫よけになるだろ。」


しれっとそんなことを言うリヴァイさんが、私の左手の薬指にするするとはめたその指輪は、私の指にぴったりで…。その指輪の上から、リヴァイさんは私の薬指にキスを落とした。


「名前、愛してる。一生離さねぇから覚悟しとけ。」


愛の言葉なんて普段はほとんど囁かないリヴァイさんのその言葉に、涙はまた私の頬を濡らす。


「…私も…っ…リヴァイさんから一生離れません…!」


風がゆるりと頬を撫でていく。私達を囲む花たちは、風に揺られまるで微笑んでいるかのように見える。
優しい表情のリヴァイさんは、今度は私の唇にゆっくりとキスを落とした。

夕陽の中でしたそのキスは、今までで1番優しく…甘かった。


限りある一生の中に存在する永遠。私はその永遠を、誰よりも愛しいあなたに誓う。


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