上司と部下ではしないこと
リヴァイさんに手を引かれるがまま、気付いたらさっき目の前まで来ていた兵士長室に着いていた。食堂でリヴァイさんが言った「こいつは俺の妻だ。」って言葉があまりに嬉しくて浮き足立っていた私は、部屋に着くまで周りのことが見えてなかったみたい。
「これだからあそこはあんま好きじゃねぇ。…何ニヤついてんだ名前。」
ふいに振り返ったリヴァイさんは、訝しげな表情で私を見て言った。思ったことがすぐ顔に出てしまう私のことだから、きっと今かなり緩んだ顔をしてるんだと思う。
「…リヴァイさんはやっぱりかっこ良いなと思って。」
「あ?何だいきなり。」
「いきなりじゃないですよ。いつも思ってますから!」
「…変な奴だな。」
そう言うと、ふっと少し笑ってから近付くリヴァイさんの顔。
(あっ、キス…。)
「リヴァイさんストップ!」
私は両手で、迫るリヴァイさんの唇をガードした。
「…何だよ。」
「今度こそ誰かに見られちゃいますよ!さっきみたいに!ここは職場だからそんなことはしちゃダメです。さぁ、お仕事しましょう!」
「…ちっ。」
リヴァイさんは舌打ちをして、眉間に深いシワを刻みながらもしぶしぶ席についた。私もリヴァイさんの机のすぐ近くに借りた机を並べて、エルヴィンさんに貰った書類をクリップでまとめる仕事に取り掛かった。この書類はリヴァイさんが朝、家を出る時に言っていた明日の憲兵団や駐屯兵団の人達との会議に使う大切な資料らしい。
書類を扱う慣れない作業にしばらく黙ってもくもくと手を動かしていたら、じーっと私を見るリヴァイさんの視線に気づいた。
「どうしたんですか?」
「名前がそんな格好をしてこの部屋にいるのが変な感じだ。」
「確かに。まるでリヴァイさんの部下になったみたいですね。」
「部下じゃねーけどな。」
そう言い放ったリヴァイさんの言葉に、私はとっても良い事を思い付いてしまった。
「じゃあ私は部下じゃなくて…?」
「妻だろ。」
「…えへへ。嬉しい。」
さっきの食堂での「妻だ。」発言が嬉しくて誘導尋問しちゃいました。リヴァイさんごめんなさい。もうこんな事しません。
「またニヤついてんぞ。」
「これは自然の摂理だからしょうがないんです。」
「その顔見てたら気が抜けるな。マヌケ面。」
リヴァイさんはそう言ってクッと笑った。人の顔を見てマヌケ面だなんて失礼な。
「ひどい!リヴァイ兵長!」
少し冗談っぽく言った私を見て、リヴァイさんの動きがピタッと止まった。どうしたんだろうと思っていると、こっちに近付いて来たリヴァイさんはとんでもない事を耳元で囁いた。
「名前、そんな呼び方をするんだったら上司と部下では絶対にしないことをここですんぞ。」
絶対にしないことって!?分かるけど…分かりたくないっ!突然の恐ろしい発言にびっくりして言葉が出ない私の頭にポンと手を乗せ「冗談だ。」と言って、リヴァイさんはまたさっきみたいに笑った。
良かった。からかわれただけだとほっとして胸を撫で下ろし一息ついてから顔を上げると、ちゅっとリヴァイさんの唇が私の唇に触れた。
「…冗談って言ったのに。」
「良いだろ、これぐらい。」
お互いの唇が今にも触れそうな距離でそう呟くと、もう1度リヴァイさんの唇が、今度はさっきよりも優しく私の唇に触れた。
でもその時、ドアの入り口の方からガチャンッと音がしてハッとして振り向くと、午前中に私に話しかけてくれた104期生のエレンが赤い顔をして立っているのが目に飛び込んできた。
足元にはエレンが落としたと思われるおぼんと割れたティーカップ。
「す、すみませんっ!」
慌てるエレンの様子に今度こそ見られたと思い、また邪魔されたとでも言いたげな険しい表情のリヴァイさんを横目に、私はまさに穴があったら入りたい気持ちだった。