アネモネの咲く頃に | ナノ


  三秒後には目を伏せて


「確かにちょっと飲み過ぎてそのまま寝ちゃったのは良くなかったとは思うけど、一緒に飲んでたのに酔っぱらって私を放置したハンジも悪いと思う!」
「人のせいにすんじゃねぇ。名前が悪いに決まってんだろ。」


私とリヴァイがさっきから言い合っているのは、昨日の酒場でのちょっとした、本当にちょっとした事件のこと。ハンジと2人で飲みに行って、飲み過ぎた私は机に突っ伏したまま寝てしまい、ハンジは酔っぱらったまま1人で帰宅。
2人で飲みに行ってたのに、ハンジが1人で帰って来たことを不審に思ったリヴァイが酒場まで様子を見に来た時、私は得体の知れない男共に拉致される寸前だったと…。


「お前は無警戒過ぎんだよ。もっと警戒心を持てっていつも言ってんだろ。」


はい。確かにそれは耳にタコが出来そうなぐらいいつも言われてますけど。
それに、もしリヴァイが来てくれてなかった時のことを考えると、本当に危険なことをしてしまったと思う。心配をかけてしまったことも悪いと思ってる。


「…でも、誰でも失敗したりするじゃない。1度の失敗でそんなにネチネチ言わなくても良いと思う。」


私の発言に、眉間に皺を寄せてあからさまに不機嫌な顔をするリヴァイ。
次から気を付けるって言ってるのに、リヴァイが朝からずーっと危機意識とか警戒心とかしつこく言うから…。


「1度の失敗が何でも許されるなら、じゃあ俺は酔った勢いで他の女でも抱くか。」


ため息混じりに発せられたリヴァイの言葉に、私は自分の耳を疑った。

(…他の女を…抱く…?)

そんな失敗が許されるわけがない。そんなの1度だって絶対に嫌。ちょっと想像しただけでも泣きそうになる。


「…何それ…最低…!!もういい!!リヴァイなんて知らないっ!!」


半泣きで叫んで逃げだしたのが3日前の話。それから3日間はリヴァイとは一言も口をきいてないし、目も合わせないようにしてる…。だって…リヴァイの発言があまりに最低だったんだもん。

(それに…私とはまだキス止まりなのに…。)


「…なるほど。良く分かったよ名前。酒場に置いて帰ったりして本当にごめん!!」
「まぁこの件は名前とリヴァイ、どちらにも非があるな。」


今回の喧嘩についての一連を話し終えると、ハンジとエルヴィンは私に向かって口々に言った。目の前で両手を合わせているハンジは悪くない。リヴァイの説教から逃れたくてハンジに責任転嫁しようともしたけど、エルヴィンが言ったように悪いのは私とリヴァイ。

リヴァイがあんな最低発言をする元凶は私にあるわけだし、やっぱり今回の件で1番悪いのは私なんだよね。…それは分かってる。

今の想いを話したら、予想外にもハンジとエルヴィンは2人揃って笑いだした。


「…どうして笑うの?」
「いや、名前がちゃんと自分のことを悪いと思ってるんだったらもう仲直りできるでしょ?ね、エルヴィン?」
「あぁ、俺もそう思う。」


2人は簡単に言うけど、仲直りは喧嘩するより難易度が高いと私は思う。どんな時でも自分の気持ちに素直な女の子なら、それは難しいことではないのかもしれないけど…。私は喧嘩中まではなかなか素直になれない。


「…できるかな、仲直り…。」
「あぁ。不安なら俺がとっておきの方法を名前に教えよう。」


不安しかなかった私がエルヴィンから伝授してもらったとっておきの方法。
それは「ごめんと言ってじっと3秒リヴァイの目を見たら、あとは目を閉じるだけ」という至ってシンプルなものだった。そうする事がどうして仲直りに繋がるのかはイマイチよく分からないけど…。



でも、あのエルヴィンが言うんだからきっと間違いない!
私はとっておきの方法を胸に、意気揚々とリヴァイの部屋をノックした。


「…何だ。」


いつもなら「入れ。」って言ってすぐに部屋に入れてくれるのに、今日はドアを少しだけ開けて、その隙間から私の方を怪訝そうに見るリヴァイが居た。

(すごく警戒されてる…。)

これがリヴァイの言う警戒心ってやつなのかな。…いや、ちょっと違う気がする。


「…話したいことがあって。」
「ふん。さっさと用件を言え。」


すっごい睨まれてるけど、ここで怯んじゃダメ!今回のことは私から謝らないと、きっと永遠に仲直りできない。

そう思った私は、エルヴィンから伝授されたとっておきの方法を実践する為に、じっとリヴァイの目を見つめてから言った。


「…あのね、リヴァイ…その…ごめんね。」


まさか謝りに来たとは思ってなかったのか、私の突然の謝罪にリヴァイは少し驚いた顔をしてる。
よし、これで次は…。

(…1、2、3…)

数えたら、目を閉じる…。エルヴィンの言葉通りに私はゆっくりと目を閉じた。これで仲直りできるんだ。あとはリヴァイの反応を待つだけ…。


「何のマネだ。」
「…え?」
「誰に何を吹きこまれたのか知らねぇが、そんな事で俺が許してやると思ってるのか。」


予想外過ぎる反応に閉じていた目を開けると、目の前にいるリヴァイは言い合いをした3日前よりも怖い顔をしているような気がした。
どうして…。エルヴィンの話と全然違う。

そう言われてしまうと、もうどうしようもない。エルヴィンから教えてもらったこの方法は、素直になれない私の最後の切り札だったから。
もうリヴァイとは仲直りできないかもしれないと思うと、込み上げてきた涙で視界が滲みだす。


「…分かった…もう良い。…でも、私は本当に悪かったと思ってるから…。この3日間…悔しいけど寂しかったし…ちゃんと仲直りしたかった…。」


それじゃあと涙ながらに言って引き返そうとした私だったけど、腕を掴まれリヴァイの自室に引きずり込まれる。そのまま身動きもできないぐらい力強く、リヴァイはその腕で私を抱きしめた。


「…リヴァイ…?」
「こざかしい事しねぇで最初からそう言や良いんだよ。」
「…もう怒ってないの…?」
「ふん。俺は最初から別に怒ってねぇ。名前に呆れてただけだ。」


それは嘘でしょ。さっきまですっごく怖い顔してたのに。それにエルヴィンのとっておきの方法、こざかしいって言われちゃった。
…でも、今こうしてくれてるってことは許してくれたってことだよね…?


「…じゃあ…仲直り…?」
「仕方ねぇからそういうことにしてやる。」
「…うん…ありがとう。」


もう仕方なくても何でも良い。またこうしてリヴァイに抱きしめられてることが、やっぱり幸せだもん。

そう言って笑った私の唇に、久しぶりのリヴァイのキスが降ってきた。


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