アネモネの咲く頃に | ナノ


  36


私はリヴァイを探して必死に走った。前髪が乱れて、息が切れても。
途中で目に入った雨上がりのキラキラ輝く太陽が、まるで背中を押してくれているようだった。


その太陽の煌めきに思い出したのは、リヴァイがくれたアネモネの赤い花。あの日から自分のお守りのように思っていた、私の大好きなその花の花言葉は、皮肉なことに「儚い恋」だった。


儚くたって構わない。
だってもう、こんなにもリヴァイのことが好きで堪らないんだもん。



「…名前。お前、朝から何走ってんだ。」


しばらくしてからやっと見つけたリヴァイの姿。乱れた呼吸を整えて、私は言った。


「…リヴァイに…伝えたいことがあって。」
「…何だ。」


私はひとつ深呼吸をして、真っ直ぐにリヴァイを見つめた。きっと走ったせいだけじゃない、いつもより早い胸の鼓動が聞こえる。


「…私…リヴァイが好き。」


自分でも驚くぐらい自然に言えたその言葉。
私があまりにも突然そんなことを言ったから、リヴァイも珍しく少し驚いたような顔をしてる。


「ハンジのことも…エルヴィンのことも好き。」
「あぁ?何の話だいきなり。」


私の言葉が予想外だったのか、リヴァイは今度は眉間にシワを寄せて怪訝そうな顔をした。

それでも構わずに、私は言葉を続けた。


「でもね…リヴァイのことを好きだと思う気持ちだけは、他のみんなを好きな気持ちと違って特別なの。」
「…名前…。」
「…私のこと好きになって欲しいなんて我儘は言わないから、これからもここに居て…。」


もしも都の地下街に帰ったりなんかしたら絶対に嫌だからって言いたかったのに、想いと一緒に涙が溢れてきて…途中までしか言えなかった。
そんな私は下を向いて涙を拭う。


涙を拭っていたら、何かが肩の辺りにふわっとかかる気配がした。
見ると肩にかけられたそれは、昨日私が欲しかったアネモネの柄が入ったストールで。びっくりして顔を上げると、涙で滲む視界にさっきよりも近くにリヴァイがいた。


「これをお前に渡しに行くとこだった。」
「これ…。どうして…?」
「お前欲しがってただろ。」


それはそうだけど…。まさかリヴァイからこれを贈ってもらえるなんて思ってもみなかった。ストールのアネモネを見て、私は病室の枕元のアネモネの花を思い出す。


「病院に…アネモネの花を持って来てくれたのもリヴァイなんでしょ?…私すごく嬉しかったの。…本当にありがとう。」
「…チッ、あのクソ眼鏡。」


そう言ってリヴァイは舌打ちをしたけど、本当はもっと早くお礼を言いたかった。きっとハンジはリヴァイに怒られちゃうだろうから、後でちゃんと謝っておこう。


「アネモネの花言葉は儚い恋って…私にぴったりだよね。」


ストールに入ったアネモネを見て、少しおどけた様に言ってみる。それでも私の心は、リヴァイに気持ちを伝えられたからか、さっきよりも少しすっきりしていた。


「この花の意味はそれだけじゃねぇだろうが。」
「…え?」
「知らねぇなら教えてやる。」


突然、強い力で抱き寄せられその腕の中に閉じ込められる。あまりに突然のことに固まっている私の耳元で、リヴァイはゆっくり囁いた。


「名前。お前を愛してる。」


その言葉に、一筋の涙が息を呑む私の頬を伝う。


「…本当に…?」
「こんな嘘つくわけねぇだろ。」


確かにリヴァイはこんな嘘は言わないと思う。

それから、私の瞳を覗き込むようにしてリヴァイは言った。


「名前、お前は何でも1人で背負い込むだろ。これからは半分俺によこせ。分かったか?」
「…うん…分かった…。」
「なら良い。まぁ全部よこしても構わねぇが…。」
「…それは嫌。」


だろうなって言ってリヴァイがフッと笑うから、初めて見る今まで知らなかったその表情に嬉しくなる。目と目が合って、その絡んだ視線に引き寄せられるように、私達は初めてお互いの唇を重ね合った。



生きていれば苦しみも悲しみも裏切りもある。
リヴァイがくれたアネモネの赤い花も枯れてしまった。
でも、それでも私は今が、生きていることが幸せだって胸を張って言える。
私にこんな素敵な明日をくれた大好きな人やかけがえのない仲間達。
そんなみんなと共に、私はこれからも今を生きていく。



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