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次の日の朝、カーテンを開くと昨日から降り続いていた雨はもう上がっていて、雨粒で濡れた草木のせいか窓の外の見慣れた景色はいつもよりキラキラして見えた。入り込む日差しも柔らかく、優しい。
身支度を整え食堂に向かおうと歩いていると、途中でエルヴィンに会った。
「やぁ名前。あの日は結局リヴァイに送ってもらったのか?」
「…うん、そうみたい。全然覚えてないんだけどね。」
本当にあの夜のことは幸か不幸か全く記憶がない。
私の言葉を聞いてエルヴィンは少しだけ声を上げて笑った。エルヴィンがこんな風に笑うなんて珍しい。
「退院した日にそんなに飲むとは…。それにしてもリヴァイが気の毒だな。」
「うん…。リヴァイには悪いことしたと思ってる。絶対連れて帰って来る時重かったよね?…私。」
「いやそれよりも…。そんなことより名前、この口元はどうしたんだ?」
さっきまで笑っていたエルヴィンは、今度は殴られて切れた私の口元を心配そうに見つめてくれた。
「ちょっと色々あって…。でも、私大丈夫だよ。…エルヴィン。リヴァイをここに連れて来てくれて、本当にありがとう。」
「…そうか。」
「うん。私…調査兵団に入って良かった。」
エルヴィンは私の言葉を聞くと、それ以上は何も聞かずにいつもの様に優しい表情で、くしゃっと頭を撫でてくれた。私の「大丈夫」が、無理して言ってる大丈夫とは違うって分かってくれたんだと思う。
いつも私を心配してくれるあたたかくて優しい人。
あたたかくて大きくて、いつも私を照らしてくれるなんて、エルヴィンは太陽に似てる…。ただ売られることが怖くて、必死に逃げて生きるために転がり込んだ訓練兵団。当時の私がした選択は正しかったと思う。
それに…調査兵団を選んだことも…。
調査兵になるきっかけをくれた両親にはとても感謝してる。
こんなに素敵な人達と出逢えたことを思うと、あの時売られそうになったことは、私にとって悪いことじゃなかったのかもしれないとさえ思えた。
「名前ー!!ここ空いてるよー!!」
廊下でエルヴィンと別れたあと、そんなことを考えていたら、いつの間に食堂に着いたのか、どこからかハンジの私を呼ぶ声が聞こえてきた。