アネモネの咲く頃に | ナノ


  31


キス…されるのかと思った。というよりも、リヴァイにそうされることを私は望んでいたんだと思う。


「…っ!」


でもそんな私を待っていたのは、唇の端にぬるっとした感触とピリッと走る痛みだった。


(…あれ…?)


これはキスじゃない。キスじゃないけど…。恐る恐る目を開けてみる。


「ねぇ、今舐めた?」
「血ぃ出てたぞ。」


別に何もなかったかの様にあっさりと答えるリヴァイ。私にとっては一大事なのに、なんかちょっと悔しい…。血が出てたことを気にかけてくれたのは嬉しいけど、別に舐めなくてもいつも持ち歩いてるハンカチで拭くとか色々あると思うんだけど。一瞬期待しちゃった自分が恥ずかしい。


「なぁ、名前。ここも血ぃ出てんぞ。」
「…えっ?どこ…んっ!」


全部言い終わる前に、今度は首筋にぬるりとした感触。
一瞬何が起きたのか分からなかったけど、首筋に顔を埋めるリヴァイが目に入って、やっと私は状況を理解した。


「ま、待って!リヴァイ!」


とっさに左手で肩を押し返してみても、リヴァイは止めてくれない。それどころか、抗議の為の左手は掴まれ何の意味もなさかった。ついさっき唇の端で感じたよりも、首筋をなぞる舌の感触も、その舌が傷口に触れる痛みも何倍もリアルに感じた。


「…んっ…待って…」


制止しようと思い開いた口から漏れたその声は、自分のものとは思えないぐらいに甘くて。さっきあの気持ち悪い男にされた時とは、まったく違う。そんな私は…どうしようもなくリヴァイが好きなんだと思う。


「…っ…あっ…」


静かな部屋の中で、私の震える声が少し大きく聞こえる。
ナイフを突き付けられた時にできたその傷は、そんなには深くないように感じた。でも首の辺りだからなのか、舌で撫でられるとビリッとした痛みが走る。そしてその痛みとは別に、背中をゾクゾクと何かが駆け抜けるような感覚に、堪らず掴まれている左手を握り締めた。

リヴァイはただ首筋の血を舐めとってるだけなのに、私にはもっと別の意味をもった行為にさえ感じた。…リヴァイだから嫌じゃない。でも、自分の気持ちも伝えられてないし、リヴァイの心も見えない今は,やっぱりこんな中途半端は嫌だ。


「…リヴァイ…止めて…。帰らなくちゃ…。ハンジにもまだおめでとうって言ってない。」
「……名前、お前…。」
「どうしたの?」
「…いや、何でもねぇ。」


顔を上げたリヴァイが、言いかけた言葉の続きを話すことはなかった。何を言いかけたのか気になったけど、本人が途中で言うのを止めたんだから私もそれ以上は聞くべきではないと思った。


それから2人で、雨が降る夜道を濡れながら歩いて帰った。来た時とは違う空気が、私たちの間に流れている様に感じた。


(ねぇ、リヴァイは私のことどう思ってるの?)




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