アネモネの咲く頃に | ナノ


  28


「こっち向けよ。」


私を見下ろしている男は、顔を掴んで無理やり上を向かせ、その気持ちの悪い顔を近づけてくる。もう抵抗する気力も無くしかけていた私だったけど、こんな奴にキスされるのだけは絶対に嫌だった。


「いやっ!」


嫌がって顔を思い切り横に背けると、男は私の耳元に口を寄せ嬉しそうな声で囁いた。
耳にかかる息に、また吐き気がする。


「なんだお前…もしかして処女か?」
「だったら何?」
「マジかよ。東洋人の処女なんて今日は大当たりだな。」


男は口元に笑みを浮かべて「最高だな。」と呟き、もう1度私の顔を掴んで上を向かせた。今度は顔を背けることなんて出来ない程に力強く。


「俺が1から教えてやるよ。」
「い…やだっ…。」


徐々に近づく男の顔。もう逃げられないと思った私は、ぎゅっと目を閉じた。


(…っ…リヴァイっ!)


男の唇が私の唇に触れそうになるのを感じた瞬間、ドアを蹴破る様な大きな音と共に見張りをしていた男の悲鳴みたいな声がした。


「だ、誰だっ!?…ぐあっ!」


一瞬にして男は宙に舞い、床にドサッと仰向けに倒れた。口からは泡をふいて気絶している。これには、私を組み敷いていた男もすぐにナイフを手に戦闘体制を取った。


「何だお前は!?」
「てめぇの方こそ汚ねえ手でそいつに触んじゃねぇ…。」


怒りを含んだその声の正体に私の涙はまた頬を伝った。まさか本当に助けに来てくれるなんて。もう2度と会えないとまで思っていたのに…。


「…リヴァイ…。」


私の声に視線をこちらに向けたリヴァイは、一瞬目を大きく見開くと、すぐに険しい表情で男を睨みつけた。


「てめぇっ…殺す!」


そう呟くのが聞こえた瞬間に、一気に距離を詰めナイフを持っている男の手を蹴り飛ばしたリヴァイ。
あっという間にナイフは男の手から離れ床に落ちた。


「ま、待ってく…」
「うるせぇ。」


男の言葉を遮り、リヴァイは腹や顔に続けざまに蹴りを入れた。痛々しく鈍い音と共に聞こえる男の声。


「ぐっ…が…っ…はっ!」


しばらくして男がぐったりしても、リヴァイは止めなかった。心の底からの憎しみをぶつけるかのように。
その光景に焦った私は声を上げた。


「リヴァイ!待って…。本当に死んじゃう…。」
「こんな奴死んだ方がマシだろ。」


冷たい声が部屋に響く。それには私も同じ意見だ。自分の得の為だけに人を傷つけ、何食わぬ顔で人権を踏みにじる。そんな奴らは死んだ方が良い。…でも。


「でもそいつが死んだらリヴァイまで憲兵に連れて行かれちゃう!…それだけは…絶対にいやなの…。だから…お願い…もう止めて。」


涙ながらに訴える私を見て、リヴァイはようやく男を蹴り続けていた足を止めた。


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