アネモネの咲く頃に | ナノ


  27


「東洋人を手に入れたのは良いが、これからどうするんだ?都まではかなり距離がある。途中で憲兵に見つかっちまいそうだな。」
「そうだな。目立たないように日が沈んでから移動の方が良さそうだ。」


人の話声が聞こえたような気がして、私はゆっくりと目を開けた。口の中に広がる血の味が、さっきまでの出来事を夢ではないと証明している様だった。
一体どれだけの間、こうして意識を無くしていたんだろう。
自由に使える頼みの左手は身体と一緒にロープで縛られていて全く身動きが取れない。

ここはどこ…。周囲に目を向けると、生活感のない質素な小屋の中ということが分かった。視線を窓に移すと、雲の隙間からオレンジ色の空が見える。


(まだ日が暮れてないんだ。)


すぐに戻るって言ったのに、なかなか戻って来ないからリヴァイ怒ってるだろうな。このまま地下街で売られたら、もうリヴァイにもみんなにも会えないんだよね。

12歳の時は、ただ見ず知らずの人間に買われた後のことを思うと怖くて必死に逃げた。
でも、今は違う。心の底から離れたくないと思う仲間達がいる。リヴァイやエルヴィンにハンジ、私の大好きな人達の顔が次々に頭に浮かんだ。


「いくらになるんだろうなぁ。楽しみだ。」
「最近は東洋人はかなり貴重だからな。」


さっきから東洋人、東洋人って言ってるけど私は純血の東洋人じゃないのに。でも、それを説明したところできっと解放してはもらえない。あの人達にとっては純血でも混血でも、東洋人の顔立ちだったら何でも良いんだ。都合の悪い事実は隠蔽して私を地下街で競りにかけるんだろうな。あの時の叔父さんがそうだった様に…。


「とにかく日が沈むまではここで待機だな。大通りに面してるから、下手に動くと憲兵に見つかりそうだ。」
「そうだな。じゃあまだ時間があるし俺はあの女を可愛がるとするか。」
「お前はいつも売りもんに手をつけるよな。あんま派手にするなよ。さっきみたいに間違っても顔は殴るな。価値が下がる。」
「あぁ。分かってるよ。もうあんなヘマはしねぇ。お前はちゃんと外見張っとけよ。」


近づいて来る男の足音。男は側まで来ると、床に倒れ込んでいる私の髪を掴んで強引に上を向かせた。突然の痛みに顔が歪む。


「っ…!」
「気が付いたのか。それは都合が良い。その方が楽しめそうだ。」


この男の嬉しそうな顔に吐き気がした。こいつらは今まで何人の人間をこうやって傷つけてきたんだろう。そう思うと怒りが込み上げてきて、私は左手でスカートを力いっぱい握りしめた。


「反抗的な目がそそるな。気の強い女は嫌いじゃないぜ。」
「何するつもり。」
「そんなの分かってんだろ。抵抗すんなよ。」


冷めた声でそう言うと、男は私のシャツに手を掛け思い切り引き破いた。


「いやぁっ!」
「静かにしねぇとこうだ。」


その瞬間ピリッとした痛みが首に走り、少し遅れて生温かい血が首筋を伝うのを感じた。


「死にたくなかったら騒ぐな。」


男は私の首に当てていたナイフを、今度は私の顔のすぐ真横にドスっと突き刺した。


(本気だ…。騒いだら殺される。)


調査兵団の分隊長なのに、自分の身も自分で守れないなんて…。あまりの不甲斐なさに涙が込み上げてきた。


「良いねぇ。綺麗な女が泣きながら犯されるのが俺は1番好きだぜ。」


そう言って男は私の首筋に舌を這わせた。ぬるりとした感触に鳥肌が立ち、ぎゅっと目を固く閉じる。


(…っ気持ち悪い。)


首筋にかかる男の息も、私を見下ろす男の目も全てが気持ち悪かった。
こんな事になるなら、昨日記憶が無い間にリヴァイと成り行きでも何でも良いから間違いが起こってたら良かったな。この先、売られたらこんなことは当たり前になるんだろうけど、せめて初めてぐらいは好きな人に抱かれたかった。


ふと視線を床に移すと、さっきシャツを破られた時に引き千切られたボタンが虚しく転がっているのが目に入った。堪えきれずに溢れた涙が頬を伝う。

私は今までの人生で1度も使わなかった言葉を口にした。


「…リヴァイ…助けて…。」



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