アネモネの咲く頃に | ナノ


  15


見渡す限りに続く真っ暗な世界。
どんなに歩いても誰の姿も見当たらなくて心細さに目には涙が浮かんだ。
もう何時間歩き続けたんだろう。


「誰かいないの!?」


そう叫んでみても私の声が虚しく響くだけだった。
一体私は今どこを歩いているんだろう?
どうして誰もいないの?
じわじわと広がる孤独感に心を支配されそうだ。


「名前」


ふいに誰かに名前を呼ばれた気がした。
にじり寄る孤独感を追い払ってくれるような優しい声。


「お母さん…?」


声の主の正体は分からないけど、ただ何となくそう思った。
もう顔も声も思い出せないのに不思議だ。


この闇をずっと歩けばお母さんとお父さんの所に行けるのかな。
もう1度2人に会えるのなら会ってみたい。
私も調査兵団に入ったんだよとか、外の世界はすっごく広いねとか話したいことはたくさんある。
声がした方に向かってその場から1歩踏み出そうとした時、


「名前!!」


さっきとは違う少し乱暴な声が聞こえた。それも一段と大きな声で。
その声の大きさに私はハッと気付かされた。
今はまだ両親の所へは行けないということに。
まだまだやらなければならない事がたくさんある。
それにみんなにもう1度会いたいし、まだリヴァイに自分の気持ちも伝えていない。


「まだ2人の所には行けない…。やり残した事がたくさんあるから…。」


そう呟いた瞬間に目が眩みそうなほどのまぶしい光が差し込んできた。






あまりの眩しさに目を瞑り、重い瞼をゆっくりと開けると、見たことのない天井と泣き腫らした目をしたハンジが私の瞳に映った。


「ハ…ンジ…。」


思ったように上手く喋れず掠れた声が出た。


「名前っ!!」


私の顔を見たハンジは一瞬驚いた表情をした後、堰を切ったように声を上げて泣き出した。ベッドに横たわる私を抱きしめながら泣くハンジを抱きしめ返そうとしたけど、右腕が痛くて動かなかった私は左手だけハンジの背中にまわした。


「ごめんね…ハンジ。」


こんなふうに大泣きしているハンジを見たのは初めてで、その姿に胸が締め付けられた。
自分のせいで大好きな仲間にこんな表情をさせてしまっているんだと思うと、罪悪感で胸がいっぱいになる。



そして私はだんだんと覚醒してきた脳で今の自分の状況を理解した。
あの時、巨人と戦ってやられたんだということを。
そして今、自分が生きているということを。



長い長い夢だった。




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