アネモネの咲く頃に | ナノ


  14


あの奇行種に遭遇してからプラント設置地点までに戦闘が必要な巨人には出会わなかった。設置地点に着いてからも現れる巨人の数は少なく私の班に被害は全くなかった。今日は運が良いなと純粋に思う。できる事ならこのまま何もなく壁内に帰りたい。



プラントの設置は順調にいっている様だった。今のところ作戦失敗の煙弾は上がっていない。きっともうすぐ撤退命令が出るはずだ。私たち索敵班はプラントの設置が終わるまでの間は周囲の巨人の掃討が役割だ。同じ様に今頃索敵をしているはずの左翼の索敵班のみんなも無事だろうか。ナナバやゲルガーの班は今回はそっちに割り振ってある。



他の仲間の身を案じていたその時、私の目にこっちに向かってくる巨人の姿が飛び込んできた。ズシンズシンと巨人たちの足音に合わせて地面が揺れる。

私はその巨人たちの数に思わず自分の目を疑った。
…6体…ゆっくりとこっちに向かって歩いて来ている。
今日はすごく順調だったのに。夢なら早く覚めて欲しい。
背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。


班員たちに指示を出す前に、気付いたら私は信煙弾を撃っていた。
これを見たハンジの班が援護に来てくれるはず。それまでは絶対に死ねない。


「ぶ…分隊長っ!!」


1人の班員が絞り出す様に声を上げた。よく見るとリヴァイ以外の3人は目に涙を浮かべ青ざめた顔をしている。


「大丈夫、落ち着いて。みんなは2人ずつ組んで巨人を倒して欲しい。数は多いけどいつものようにやれば良いからね。」
「で、でもそれじゃあ名前分隊長はどうなるんですか…?1人で巨人の相手をするなんて…。」
「私は大丈夫!みんなが1体ずつ相手をしてくれたら残りはたったの4体だし!…それに、私はみんなを守る為ならどんな状況でも諦めずに戦う。戦わなければ絶対に勝てないしね。」
「名前、そっちに加勢するまで死ぬんじゃねぇぞ。」
「ありがとうリヴァイ。みんなをよろしくね。」


そうだ、今はリヴァイがいる。
リヴァイならきっと班員たちの事を守ってくれるだろうし、実際にそれだけの実力を兼ね備えてる。彼が居てくれるおかけで私は巨人の討伐に集中できそうだ。

肺の奥深くまで空気を吸って心を落ち着け、私は声を上げた。


「みんな行くよ!」


その言葉と同時に全員で巨人の方へ駆け出した。


(誰1人死なせたりしないっ!)


思いっきりガスを噴かせて巨人との距離を詰める。
周りに点々と木々が生えているのは不幸中の幸いだった。これが何もない平地だったらと思うと考えただけで血の気が引きそうになる。


人数の多い班員たちの方に気を取られている巨人の背中にアンカーを刺し、一気にうなじの肉を削ぎ落とす。
久しぶりの肉を削ぐ感触が手に伝わり、巨人がそのまま倒れた。



この状況では一瞬の取りこぼしが死に直結するだろう。そう思えば思うほど感覚が冴え渡っていくような気がした。


すぐに近くまで来ている次の巨人に目標を絞る。巨人の後ろに立つ木にアンカーを刺し、素早く移動し体勢を整える。巨人は私の動きについて来れずまだこちらに向き直っていない。


(今がチャンスだ!)


巨人のうなじを目掛けてアンカーを刺し、背中に着地したら思い切り刃を振り下ろす。
噴き出した返り血が私の服を汚した。


ちらっとリヴァイ達の方を確認すると、みんな順調に巨人を討伐する姿が目に入ってほっとした。でもまだ戦いは終わってない。あと2体も残ってるんだから。


私は次の目標にアンカーを刺しワイヤーを巻き取ろうとした。でも、その瞬間に足元が滑り大きくバランスを崩した。


(しまった!巨人の血が蒸発しきってない!)


そう思うよりも早く私は地面に転がった。スローモーションの様に、迫ってくる巨人の手がゆっくりに見えた。


「名前っ!!」


私の方に向かってくるリヴァイの見た事もないような焦る表情が目に入り、すぐに視界が真っ暗になった。


真っ暗な世界の中で私は自分の骨が軋む音を聞いた。


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