こくはくする




それはそれは清々しい晴空の日のことでした。



「ぁがーっ、中々晴の日の坂登りはきっついなあっ!」



てか何でこんなことになったんだろうね!!あれ?!もしかして私が真波くんの事を高宗に聞いたからか??!!そ、そんなっ!!!

因みに高宗というのは担任の先生様の名前である。

高宗の野郎、今までに真波くんをどうにかして学校に真っ直ぐ連れてこようとしてたらしいが、目を離した隙に「坂が呼んでる!!」なんて言って結局は逃げられてしまっていたらしい。

噂ではことごとく敗戦記録を更新中の高宗、もはや心のどこかで諦めてしまっているみたいだ。そんなんでいいのか。

だからか、私が真波くんの事を聞いただけでぱあっと顔を輝かせて、私に全てを丸投げしてきた。そんなんでいいのか!

“俺じゃ無理だ。だから、清野、お前が行ってくれないか。”

なんて言われたけど下心ありありの顔をされていたので、とてつもなくやる気が出ません。


まだ春だけど天気は快晴。いつもはお日様の光がぽかぽかで気持ちいい〜!今はそのお日様を恨みたい!照り付ける太陽、清々しい空、坂!!全てが恨めしく思えてくる。ごめんねっ君たちは悪くないのに!

額からながれでた汗がほっぺたを伝って地面に落ちる。



「っ暑い!!」



猛暑じゃないか??!!これ超暑いんだけど!!なんなんだよもう真波くんはよ出てこいや!!!

上り坂で地団太を踏んでいると、ふと後ろを振り返った矢先、人影が過った。



「あ、れ…?」



ほら、まただ!出たり引っ込んだり。

目を凝らしてみていると何やらこっちに向かってきているみたいで。んんん、風に靡くYシャツ、捲り上げた箱学の制服ズボン。藍色の髪がきらきらってとてもきれいだ。

白のLOOKに跨るその少年は、そう、恐ろしいほどの笑顔で自転車を漕いでいた。



「あれ?なんで箱学の女の子がこんなところにいるの?」



キキッと自転車を止めた彼は私の格好をじろりと見てから尋ねた。

おおう、なんというイケメン君だろうか。遠くで見ていた藍色の髪は近くでみるととてもきれいで、柔らかそうだ。細められた瞳、若干かいた汗全てが爽やかだと、この男の印象をッ語っている。

もしかしてサボり?と冗談交じりに彼は言うが、考えてみろ。サボりでか弱い女子生徒がこんな山坂登ってるか普通?登ってなんになる、ダイエット?それもいいかもしれないけど、普通こんな急な坂汗水たらしながら女子が登っているはずがない。



「ううん、ちょっと箱学の“真波くん”って人を探しているんだけど、」

「!……へえ、おつかれさん!」

「本当だよ、私“真波くん”の隣の席でさ、学校に来ないから担任に聞いてみたら全部丸投げされちゃってっ。“真波くん”探して学校連れてこなきゃいけないんだよーっ」

「随分きつそーだね、まあこんな天気だしなあ」

「最初は授業サボれてラッキー!とか思ってたんだけど…、坂、きつくなっちゃって、」

「ポカリならあるけど、飲む?」

「へ?」



そう言って、自転車に引っかけていたボトルを抜き取り、さあ飲めと言わんばかりにボトルを差し出す男の子。

流石はイケメン。この行為自体爽やか極まりない。こうやって落としてきた女の子数知れず、だな。



「って、えええええっ!、ちがう!ちょ、そのボトル君のじゃないのか!!?」

「俺口つけてないからだいじょーぶ。ったく、女子はそーゆーの気にするよね〜」

「女の子にとっちゃ、間接キスでもすっごい大事なもんなんですよ!!」

「へー。まあでも飲みなよ!もしかして俺の善意を無下にする気?」



そんなこと言われたら飲むしかないじゃんっ…!とはいっても、本当の本当はとても喉乾いていて物凄く飲みたかったから素直に受け取っておいた。

人間、自分の欲望には勝てない生き物なのだよ!

ありがとう、と言ってボトルを返すと、にっこり笑って



「むしろ俺の為にこんな汗流してくれてるんだ、ポカリくらいでゆるして貰えるなら嬉しいよ」

「今なんと」



俺の為にこんな汗流してくれてるんだ、?

まるで自分が真波くんですなんていう言い草に、頭が付いていかなくなる。あれ、でも待って、良く考えればこんな坂を学校サボって登りに来る箱学生徒なんているか普通。いやいないだろう、そう考えれば、



「え、君が真波山岳くんだったの??!!」

「うん、そうー」



あははーと笑う彼に、もう脱力しか出来ない私である。

この藍色のイケメン君が、私の隣の席で私が世話係を任命された問題児だったなんて。



「ちょっ、えええっ!!真波くん勘弁してよ〜っ、」

「あは、ごめんね。でもこれから君が迎えに来てくれるんなら、また遅刻しよっかなー?」

「だめ!学校行こう、真波くん!!」

「はいはい、…あのさ、ちょっと語ってもいい?」



自転車から降りて私の歩幅に合わせながら歩いてくれる真波くん。突然何を言い出すんだと思って頷くと、「俺、坂が好きなんだ」真波くんの表情はいままでにないくらい輝いてきらきらしてて、そこに嘘偽りなんて微塵も感じられなかった。

俺、自転車で坂を登ってる時が一番生きてる実感が湧くんだよね。坂は好きだけど、ただ好きなだけじゃない。自分の体に鞭打って重くなる足を動かして動かして、必死の思いで坂を登ってる時、俺これ以上ないってくらい死の瀬戸際に居るって思うんだ。痛みを感じると生きてるって思う。そしてやっと登り切った頂の景色はどんな絶景よりも綺麗で。俺は生きてるっていう実感が欲しくて、いつも坂を登ってるの。


素直に、羨ましいなって思った。

同い年なのに真波くんはそんな深くまで考えて自転車に乗っている。ただ趣味とかじゃなくて、もしかしたら単純でシンプルかもしれないけど、とにかく私には羨ましいなって思えた。


それは、話をする真波くんの瞳が鮮やかな希望の色を灯してて、何度も光に揺れて、きらめいて。惚気として話すその表情が、とてもかっこよく思えたのだ。



「ごめんね、君自転車にあんまり興味ないでしょ?」

「ううん、すっごく圧倒された。ちょっと照れくさいけど、真波くんすごいなって思ったよ。私も、自転車に興味が出てきちゃった、」


「あははっ、…ありがとう」


「(……ぁ、)」



一瞬だけ、ほんの少しだけだけど、真波くんの背中に羽根があるようにみえた。

純白の彼を象徴する大きな翼。天使みたい。


ありがとう、と彼が微笑みを見せた瞬間、私の中に恋と言う名の電撃が走った。ビリビリビリッ!!
呼吸が苦しくなって、胸の鼓動が早くなる。どくどく、とまらない。顔の一部に熱が集中するのが分かって、きっと真波くんからみた私はものすごく真っ赤になっているだろう。

恋、これが恋に落ちる感覚だってことは、一瞬でわかった。理解できた。

何気に初恋はまだだったんだが、こんな単純なことでころっと恋に落ちてしまった。私は軽い女なのだろうか?


真波くんはそんな私を知ってか知らずかにこにこと笑みを絶やさない。

くそっそれが悪影響なんだよ!その笑顔すらもきらきらしてみえた。


ああ、でもだめだ。ころっと恋におちちゃったのが間違いだったのか。もうだめだ。鼓動が早くなる一方。気持ちを今すぐ伝えたい、ぶちまけたい。そんな思いが込められていて私の心と脳内を支配していく。

だめだ、ほんとうだめだこれ、隣にいるまなみくん、だめだよ、伝えたい!



「ま、なみくん、」

「なに?」



「一目惚れしました!好きです付き合ってください!」



「うーーーん、ごめんね!」



そうやってころっと恋に落ちた私の初恋は、数秒後、あっさりと散るのだった。




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