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 あんなにも酔っぱらってしまっては、家に帰ることすらままならないだろう。
 何より、ナマエが歩いているこの道は港から続く海沿いの通りだ。
 すぐ横にある海はそれほど深くは無いが、酔っ払いが倒れ込めば溺れてしまう危険性すらもある。

「……あの、そこの人」

 そこまで考えるとさすがに放っておくこともできず、足を動かしたナマエは酔っ払いの方へと近付いた。
 近寄れば近寄るだけ酒の匂いが強くなる相手に、もしや頭から酒を浴びてきたのではないかと考えながら声を掛けたところで、外灯の下にいた酔っ払いがその顔をナマエの方へと向ける。

「……おれに、何か用かよい」

 少しぼんやりとした声でそんな風に放たれた言葉と、それから何とも特徴的なその風貌に既視感を抱いて、ナマエはぱちりとその目を瞬かせた。
 誰だったろうか。どこかで見たことがある気がする。
 初対面であるはずの相手へそんなことを感じてしまって、一生懸命にさらった記憶の片隅に浮かんだ手配書に、あ、とナマエの口が声を漏らす。

「『不死鳥マルコ』?」

「なんだよい」

 手配書にあった名前を呼ぶと、男がそれへ返事をした。
 酒が入っているからか真っ赤なその顔でじろりと視線を向けられて、どう見ても酔っぱらっている『海賊』に、今日は何ていう日なんだろうかとナマエは少しばかり考える。
 まさか、日に二回も『白ひげ海賊団』の人間に出会うとは思わなかった。
 しかも、『不死鳥マルコ』といえば、随分と人気の『海賊』だ。

「……あの、こんなところでどうかなさったんですか?」

 握手を求めてもいいかどうか悩みながらそう尋ねて、ナマエはきょろりと周囲を見回した。
 しかし、相変わらず港から続く海沿いの街道には人影は殆ど見当たらず、目の前の彼の『仲間』の姿も視界に入らない。
 こんなに酔っぱらっているようなのに、もしや一人で出歩いていたのだろうか。
 それで海に落ちたら大変危険だろうと、ナマエは少しばかり眉を寄せた。
 ナマエの記憶が確かなら、目の前の彼は『悪魔の実』の能力者であるはずなのだ。

「随分飲んだからねい、ちっと酔い覚ましにきたんだよい」

 ナマエの言葉へそんな風に言葉を返して、不死鳥マルコが壁に片手をついた。
 よっと、と声を零しながら傾いていた体を起こそうとして、そして少しばかりたたらを踏んでまた体を傾ける。
 明らかに足に来ているその様子に、慌ててナマエはそちらへ手を差し伸べた。

「大丈夫ですか? 船まで送りましょうか」

 そう言いながら相手の腕へ触れたナマエを、ちらりと男が見やる。
 酔いの回った眼差しは少しばかりぼんやりとしていて、港からここまで一人で歩いてきたのが信じられないくらいだとナマエは少しばかり考えた。
 大体、まだ真夜中には程遠い時間帯だ。
 だというのにここまで酔っ払ってしまうだなんて、一体『白ひげ海賊団』とやらは何時から宴を始めていたのだろうか。

「……おれを船に送るって?」

 恐らく少し離れた場所にあるのだろう巨大船を思い浮かべ、酔っ払いたちが溢れているだろうという想像を浮かべたナマエの向かいで、呟いた男が軽く首を傾げる。
 その目が改めてナマエを上から下まで見つめ直して、それから少しばかりその唇の端が笑みの形に上がった。

「……アンタ、変わってるって言われねェかい」

「え?」

 何だか少し失礼なことを言われた気がする。
 戸惑いを浮かべたナマエがぱちりと目を瞬かせたところで、じゃあまあ頼むとするかねい、なんて言葉を零した不死鳥マルコが、その腕をナマエの肩へと乗せた。
 ぐい、と引き寄せるように体重を掛けられて、慌ててナマエが足へ力を入れる。
 それから、自分より少し上背のある相手へ肩を貸す格好になった上で、それじゃあ行きますよ、と言葉を掛けた。

「港の船で大丈夫ですよね?」

「ああ、大体は本船で飲んでるからそれで構わねェ」

「本船……」

 告げられた言葉に、どうやら『白ひげ海賊団』の船はいくつもあるらしいと把握して、やはり大所帯らしい相手にナマエは納得とも呆れともつかぬ息を零した。
 そして、とりあえずは不死鳥マルコが示す方へ向けて足を動かして、酔っ払いを引き摺っていく。
 一応足を動かしてくれているおかげでか、酒樽ほどの重さは無かったが、それでもやはり随分と動きが心もとない。

「どれだけ強い酒を飲んだんですか」

 その様子をちらりと見やってナマエが呟くと、さあねい、と男は肩を竦めた。

「『差し入れ』だって言われて珍しい奴を飲んだんだが、あれが一番きつかったよい。なんつったか」

 ナマエへ素直に答えた酔っ払いが、軽く唸ってから酒瓶のラベルにあったらしい瓶の名前を口にする。
 耳に聞こえたそれにとてつもなく覚えがあると気付いて、う、とナマエはわずかに声を漏らした。
 様子の変わったナマエに気付いてか、ナマエの肩を借りて歩く男が、ちらりとその視線をナマエの方へと向ける。

「どうした」  

「いや、その……もしかして、今日って誕生日ですか」

 問われた言葉に返事をするでもなくナマエが訊ねると、不思議そうにしながらも不死鳥マルコは頷いた。
 それを視界にとらえて、なるほど、と納得した声を漏らしたナマエが、とりあえず肩口から回っている男の腕を掴み直す。

「誕生日おめでとうございます」

「おう」

「……その酒、美味しかったですか?」

「まあ、珍しいだけはあったねい。今度オヤジにも飲ませてェ」

「それなら、今日酒を買い付けた店に行けば在庫があると思いますよ」

「へェ、そいつァ良かったよい。あとでサッチに聞いてみるか」

 そんな会話を交わしながら、酔っ払いと並んで足を動かしたナマエがやがて歩みを止めたのは、とてつもなく大きな船の傍だった。
 甲板では飲めや歌えやの騒ぎが起きているらしく、離れた場所にあるはずなのに随分と騒がしい。
 港の近くに民家が無くてよかったな、なんてことを考えたナマエの肩口から腕を外して、不死鳥マルコがナマエへ改めてその視線を向けた。

「助かったよい」

 そんな風に言いながら、ぴんと背中を伸ばして大地へ足をつけている様子に、あれ、とナマエがわずかに瞬きをする。
 不思議そうなナマエの顔を見下ろして、悪戯っぽく笑った海賊の腕から、ふわりと青い炎が零れた。
 初めて目にする『悪魔の実』の能力に、ナマエがその目を丸く見開く。
 ナマエが驚くことなど想定のうちだったのだろう、楽し気に笑った不死鳥マルコが、くるりとナマエの方へその体を向けた。

「名前を聞いてもいいかい」

「え? あ、俺ですか」

「お前以外に誰がいんだよい」

 笑って寄越された言葉に、それもそうですねと頷いて、ナマエは自分の名前を名乗った。
 『ナマエ』、と告げたその名前を繰り返した海賊が、くい、と顎で自分の船を示す。

「ちっと飲んでくかい、ナマエ」

「えっと……いや、それはその」

「冗談だよい」

 誘いにナマエが困った顔をすれば、それすら楽しいと言いたげに笑みを深めて、不死鳥マルコが両手を動かす。
 すっかり翼の形になっていた炎がばさりと羽ばたき、それと共に海賊の体が浮き上がった。
 目の前にあるはずなのに熱のかけらも感じない青い炎を追ってナマエが顔を上げれば、宙に浮いた男の体が更に炎に包まれる。

「それじゃ、明日『店』に行くから、酒はちゃんと用意してろよい」

 そんな風に言葉を落として、更にばさりと羽ばたいたところでその姿を青い火の鳥に変えた『不死鳥マルコ』は、そのまま大きな船の上へと飛んで行ってしまった。
 彼の帰還に船の上の海賊達が騒いだりその名前を呼んだりするのを聞きながら、青い炎が見えなくなるまでその様子を追っていたナマエが、あれ、と声を漏らす。

「……うちの店だって、なんで分かったんだろう」

 先ほど交わした会話だけで分かったのだろうか。
 どうも、あの『海賊』は察しのいい男であるらしい。
 そして、明らかに酔っていた筈なのに、意識も随分とはっきりしていたようだ。
 もしかすると、本当に先ほどの言葉の通り、明日は店へやってくるのかもしれない。

「……色紙でも用意しておこうかな」

 それと握手も強請ってみよう、なんて『海賊』に対しておかしなことを考えながらふらりと足を動かし始めたナマエは、そのまま自宅へ向かって歩いていった。
 翌日、有言実行したらしい不死鳥マルコは確かに店へと現れたが、明らかに二日酔いをしているらしい彼に慌てて薬湯を買いに走って店先で振舞うと言うことを、ナマエはまだ知らない。



end

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