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「わかりました、終わったら行ってみますね」

 一体何の用か分からないが、呼んでくれたのならそれ以外の選択肢がナマエにあるはずも無かった。
 ナマエは一番隊所属で、分かりやすく『不死鳥マルコ』を慕っているのだ。
 ナマエの言葉に、おうそうしろよ、と笑顔を浮かべたままのサッチが頷く。

「何なら残りの仕事はおれが代わってやろうか」

「いえ、あと少しですから大丈夫ですよ」

 寄越された言葉に笑いつつ、ナマエのはそう答えた。
 述べた言葉の通り、あともう少し、荷運びの仕事は残っている。
 早くマルコの元へ行くためにも仕事を終わらせなくてはと考えて、それじゃあ、と軽く頭を下げたナマエがサッチの横を通り抜けた。

「うまくやれよ」

「? はい」

 軽く声を掛けられて、どうして励まされたのだろうと不思議そうな顔をしながらも、ナマエは一つ頷いた。







 ナマエを呼びつけた大事な恩人の部屋は、恐ろしいことになっていた。

「島に着くまでにどうにかしろって言いはしたが、一気に持ってくることねェだろよい……」

 うんざりした様子で頬杖をついている相手に、お疲れ様です、と言葉をかけてその隣で手を動かす。
 大所帯であり傘下も多い白ひげ海賊団は、恐らくは他の海賊船に比べて随分と書類のやり取りをすることの多い海賊団だ。
 もちろん、気ままな人間も多い海賊達がそれらの締め切りを守ることはあまり多くは無く、それぞれの隊や船の必要物資の補給を申請しろと言ったマルコの元へ書類が提出されたのは、どうやら昨晩から今朝方にかけてのことだったらしい。
 提出した側はそれで一端仕事が終わったようなものだが、提出された側は今からそれを統計しなくてはならないのだ。
 一枚一枚の紙から数字を集める作業をしていたマルコの横でそれを手伝いながら、いつもながら大変ですね、とナマエは呟いた。
 しかし、何となくクルー達の思惑も分かってしまったので、相手側を非難するような言葉も出せない。
 ナマエのそんな様子に気付くこともなく、全くだよい、と声を漏らしたマルコがぺらりとまた一枚の紙を巡った。

「ナマエ、七つ入りが八つと三つ入りが四つでいくつだよい」

「五十六個と十二個なので、六十八個です」

「何だ、一つ足りねえじゃねェか」

 人を電卓代わりにし出した相手へナマエが答えると、眉間に皺を寄せたマルコが改めて書類を眺めた。
 それから他の隊からの申請を見直し、数を確認し始めたその顔を見やって、ふむ、とナマエは一つ頷く。
 年齢的に考えればあまり気にしなくなっていても問題ないのかもしれないが、どうやら『不死鳥マルコ』は、今日と言う日付がどういう意味を持つのかを忘れてしまっているらしい。
 そして、これだけ書類を出されては、彼は今日の夕方頃まではこの部屋に缶詰め状態だろう。
 人数が多すぎて、それぞれの誕生日を祝っていては毎日が宴のどんちゃん騒ぎになってしまう『白ひげ海賊団』でも、その例を漏らしているのが船長と隊長格達の誕生日だ。
 同じ月生まれのクルー達も共に祝う宴の用意は、恐らくは着々と進行している。

『うまくやれよ』

 サッチが寄越した言葉の意味を今更認識して、分かりました、とナマエは今この場にいないコックコートの男へ向けて胸の内だけで返事をした。
 もちろん、マルコへの誕生日プレゼントは買い込んでいるが、どうせなら島で何かいいものも見つけたかった。
 しかし、それよりも目の前の仕事を手伝った方がきっとマルコは喜んでくれるだろうし、何より宴の用意に気付かれないだろう。

「マルコ隊長、四番隊が一つ余ってますよ」

 横から覗き込んだ書類を元にそう言葉を投げると、ん? と声を漏らした相手の目が書類へ向いて、それじゃこっちから分けさせとくかねい、なんて言葉を紡いで軽く笑った。
 その後でその目がちらりとナマエを見やって、悪かったねい、なんて言葉を寄越される。

「せっかく島に着いたんだ、降りたかったろい」

 軽く眉を下げての言葉に、ナマエは慌てて首を横に振った。
 大丈夫です、と答えたのに、本当に悪かった、と言葉を繰り返して、マルコが軽く伸びをする。

「終わったら、おれが責任もって島を案内してやる。だからもう少し付き合えよい」

 そしてそれからそんな風に言葉を寄越されたので、少しばかり目を瞬かせたナマエは、ゆるりとその顔に笑みを浮かべた。

「はい、ぜひ」

 楽しみにして頑張りますね、なんて続けたナマエの言葉に満足そうな顔をして、またマルコの手が書類を掴まえる。
 部屋の主の誕生日を祝えるまで、まだ後数時間はかかりそうだった。



end

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