10
「ナマエ、ナマエー」
ぺちぺち。
軽く顔を叩かれて、俺は目を開けた。
横向きに俺の視界を占領したマルコが、むう、と頬を膨らませている。
「ナマエ、マルかおあらったのにねたよい」
「……なんだ、テレビ終わったのか?」
聞きつつ壁に掛けた時計を見やる。二度寝に入ってから三時間ほど経ったようだ。
「あきちゃったよい」
言い放ったマルコの後ろでは、なにやらドラマの始まったテレビがある。
どうやら、子供向け番組は終わってしまったらしい。
そうかそうかと頷きつつ、二度寝して大分すっきりした体を起き上がらせる。
マルコは俺のそばに乗り、ソファに座り込んだ。
「ナマエ、マルおそといきたいよい」
「外? あー……公園でもいくか」
俺は寝ていたから別に問題ないが、マルコは起きていたことだし、出かけるなら、何か軽く食べさせてからにしよう。
そんなことを考えつつ、マンションの裏手にそこそこ大きい公園があったことを思い出して言うと、マルコが首を傾げた。
公園も知らないのか。
そういえば、マルコの家は船であるらしいし、公園にはなかなか行けないのかもしれない。
子供が遊ぶところだと説明すると、むっと小さな眉間にしわが寄った。
「マル、うみのおとこよい。こどもじゃないよい」
「自分が子供じゃないといえるうちは子供だってうちの親父が言ってたぞ」
「オヤジ? ナマエ、オヤジいるよい?」
マルコは俺を何だと思っているんだろうか。両親がいなけりゃ俺はここに存在していない。
けれども、どこにいるのだというマルコの問いに、俺はううむと唸ってしまった。
どこに、と問われると、空にとしか答えようがない。
俺の親父もお袋も、しばらく前に保険金を残して死んでしまったからだ。
俺が答えないのを見上げて、何か感じ取ったらしいマルコが、その手で俺の腕を捕まえる。
どうしたのかと見下ろすと、いたましいものを見る目をしたマルコ少年が、俺の体に密着していた。
「いまはいっしょにいないよい。ナマエ、オヤジとはなればなれよい?」
「ん、まぁ、そうだな……」
「じゃあナマエ、マルのおとーとになればいいよい」
「……弟?」
「オヤジが、モビーにのったらみんなかぞくだっていってたよい。マルもかぞくにしてもらったよい! だから、オヤジにおねがいして、ナマエをマルのおとーとにしてもらうよい」
マルコの言葉に、なるほど、と俺は頷いた。
よくわからないが、マルコの言葉からすると、マルコとマルコの父親は血は繋がっていないのか。
マルコの『親父』は、里親としてたくさんの子供を引き取って頑張っているのかもしれない。
もしくは孤児院の院長か。いや、船で孤児院は難しいか。やっぱり里親だな。
言葉を重ねようとするマルコの頭を軽く撫でて、そうだな、と小さく一つ呟く。
「機会があったらお願いしてみるか。マルコのお兄ちゃんにしてくださいってな」
「マルのほうがさきにいるんだから、ナマエはおとーとよい!」
「四歳のお兄ちゃんは無理があるぞ、マルコ」
俺の言葉に、すぐおおきくなるよい、とマルコは声を上げた。
どうやら自分が年をとれば俺も年をとる事を理解していないらしいマルコに、そうかそうかととりあえず頷いておいた。
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