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 どうにか買い物が終わって、俺とマルコは荷物を抱えて帰宅した。
 買ってきたプラスチックの青いコップを洗ってから、早速水を入れてやる。
 それを飲ませて休ませていたはずのマルコは、疲れていたのか、今はソファの上で夢の国の住人だった。
 タオルケットを掛けてやったマルコをちらりと見やってから、買ってきた荷物を片付け終えた俺は軽く息を吐く。
 マルコに買ってきた服は、現在洗濯機の中だ。乾燥も出来る奴だから、夜中までには終わるだろう。
 時計を見やると、もう五時を過ぎていた。
 冷蔵庫の中には水以外は何もない。
 さっきの外出では、結局荷物が多すぎて食料品コーナーまでは回らなかった。
 とりあえず、マルコと俺の夕食のためにも、買い物が必要だ。
 昼間に聞いた限りでは、マルコには嫌いな食べ物はあるが食べる事のできない食べ物というものがあまり無いようなので、適当に買ってきてからまた確認して調理すればいいだろう。
 ジュースとかも買ったほうがいいんだろうか。
 お菓子はどうだろう。
 肉が好きだとか言っていたけれども、やっぱり小さな子供らしく、ハンバーグとかも好きなのだろうか。

「マルコ」

 そんな風に考えながら、名前を呼んでみる。
 けれど、寝入ってしまっているマルコは目を覚まさない。
 うーん、と小さく声を漏らして、その寝姿を観察した。
 本当に、よく寝ている。
 初めてづくしで疲れたのかもしれない。
 俺は夕食の買出しに行きたいのだが、マルコはどうしようか。
 このまま起きるのを待ってもいいが、それだと夕食が遅くなる。
 あえて子供を空腹に陥らせる趣味は無いし、かといって、無理やり起こすのは可哀想だ。
 いつも買出しに行くスーパーはマンションの向かいだし、ぱっと行ってぱっと帰れば、マルコが起きる前に戻れるか。難しいだろうか。
 少しばかり悩んで、まぁ大丈夫だろうと判断した俺は、先ほどショッピングモールへ向かったときと同じように携帯と財布を手に取って立ち上がった。
 マルコを一人にするから、ガスの元栓もしっかり締めておこう。

「じゃ、行ってくるからな、マルコ」

 言葉を落としてみても、眠ったままのマルコは当然返事をしなかった。








 いつもより少し多めに食料を買って帰宅する。
 マンションへ戻り、部屋の鍵を空けて中へ入った俺は、扉を閉ざして鍵を掛けると同時に足へどしりと衝撃を受けて動きを止めた。
 視線を下へ落とせば、淡い黄色が見える。
 それはつまりマルコの髪で、小さなマルコ少年はなぜか俺の左足にがっちりとしがみ付いていた。
 両手がぐるりと回っているし、両足もがっしりまとわりついている。
 こういう人形だかおもちゃがあったような気がする。

「マルコ?」

 どうかしたのかと思って声を掛けながら、マルコをくっつけたままで足を動かした。
 かがまず靴を脱いで土間から上がって、更に一歩、二歩と足を動かす。
 マルコは俺にされるがまま、俺の脚と一緒に移動した。

「どうかしたのか?」

 とりあえず冷蔵庫の前に買ってきた食材入りの袋を落としてそう問うと、先ほどよりぎゅうっと腕に力を入れたマルコが、小さく呟く。

「……ナマエ、いなかった、よい」

 弱弱しい声は涙をはらんでいて、俺はわずかに瞬きをした。
 ひっく、と声を漏らしたマルコの顔が、俺を仰ぐ。
 その目に涙をためて、マルコはまた泣き顔になっていた。既に頬は濡れていて、体も熱い。
 荷物を降ろしたことによって自由になった両手を使って、マルコを足から引き剥がす。
 いやいやと身をよじるマルコをそのまま抱えあげて、両手で抱いたままリビングへ移動した。
 ソファに座って膝の上におろすと、マルコの両手が今度は俺の首に回る。
 ぎゅうっと抱きつかれて、その背中に手を添えた。

「おき、たら、ナマエ、いなかった、よいっ」

「ああ、買い物に行ってたんだ」

「かいもの、さっき、マルといっしょにしたよいっ なのに、なんで、」

「夕飯の材料とかが買えなかったからな。マルコは寝てたから、すぐ行って戻るだけのつもりだった」

「……うーっ」

 ひっく、ひっくと息をすいながら、唸ったマルコが腕に力をこめる。
 ぎゅうぎゅうと、まるですがるものは俺しかないというように、マルコは俺に抱きついている。

「マルコ……」

 いや、俺しかいないのだ。
 マルコは異世界から来た子供で、俺の部屋に突然現れていて、かくまってくれるのも保護してくれるのも今のところは俺だけだ。
 四歳のわりに物を知っているこの子供は、恐らくそれを理解しているんだろう。
 小さな背中に手を当てて、よしよし、とその背を撫でる。
 たぶん、起きてすぐに俺がいないことに気がついて、朝みたいに泣いていたに違いない。
 こんなことならぐずられてでも起こしていけばよかったか。
 小さくため息を零すと、マルコの体がびくりと震えた。
 怯えるようなその動きに、宥めるようにとんとんと背中を叩く。
 この頼りない小さな体の子供は、今、俺しか頼る事ができない。
 あまりにも頼りなさ過ぎる小さな体に、何だか奇妙な感情がわいた。
 俺しか、マルコを守ってやれないのだ。
 ちゃんと元の世界に帰れるまで、俺はマルコを守らなくちゃならない。

「……」

 これは、もしや父性愛と言う奴だろうか。
 そんな感情が自分にわくとは思わなかったので、何だか変な感じだ。

「……ごめんな、マルコ。もう置いて行ったりしないから、泣き止んでくれ」

 どことなく弱弱しく聞こえる声でそう謝罪しながら、俺はひとまず、マルコが落ち着くまで、そのままマルコを抱えていることにした。





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