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誕生日企画2015(3/3)
(3/3)


「ナマエ!」

 人の名前を呼びながら降下してきたマルコは、青い炎から変化したその足で軽やかに俺の前へと着地した。
 すぐにその手が俺の腕を掴んで、自分の背中に庇うようにしながら、マルコの体が俺と他二人の間へと割り込む。

「ようマルコ! 一日早ェが、誕生日おめでとう」

 そんなマルコを気にした様子もなく、にこやかに言い放ったシャンクスがベックマンから預けてあったものを受け取って、それをそのままマルコの方へと放り出した。
 受け止めなければ間違いなく落ちて割れてしまうだろう酒瓶を受け止めたらしく、少し姿勢を崩したマルコへ、笑顔のままでシャンクスが言葉を続ける。

「おれの船に来ねェか?」

「いかねェよい! 赤髪、またナマエを連れ回してんのかよい」

 明らかにシャンクスを睨んで言い放つマルコに、わずかに戸惑いながらその肩を軽く叩いた。

「たまたま会っただけだ、マルコ」

 むしろ、よく俺がこの通りにいると分かったものだ。
 抱いた疑問をそのまま口にすると、俺がシャンクスに連れられて路地へ入っていったのを見た『家族』がいたのだとマルコはこちらへ言葉を紡いだ。
 そうしてその『誰か』がマルコへ連絡したが為に、マルコはここまで飛んできたらしい。
 明らかに心配性な相手に、なるほどと納得しながら軽く息を吐く。
 きっと任されていた作業を放り出して来たんだろう。
 戻ったら手伝うことにしよう。

「そうそう、たまたま会った顔なじみに声かけただけだ」

「嘘つけよい!」

 シャンクスがあきらかな事実を言って、それに対してどうしてかマルコが反論する。
 まるで俺が連れていかれるとでも思っているみたいな相手に肩を竦めて、俺はそろりと場所を少しだけ移動した。
 いくら店番をしながら居眠りをしていたからといって、店の出入り口をずっと塞がれては店主も迷惑だろう。
 俺の動きを視界にとらえたのか、騒ぐマルコとシャンクスの傍から離れたベックマンが、俺と同じく壁際へと移動する。
 煙草の煙がゆらりと揺れて、それを見やった俺に気付いてか、ベックマンの手が持っていた煙草の箱をひょいとこちらへ差し出した。

「吸うか」

「いや、大丈夫です」

 羨ましげに見えてしまったのか、そんな風に寄越された言葉にそう言い返して首を横に振る。
 俺の様子にそうかと頷いて、ベックマンが煙草を片付けた。
 口に咥えた一本から煙を伸ばしながら、同じ匂いのするものを口からも吐き出して、その目が未だに噛みつくマルコとどう見てもそれを面白がっているシャンクスの方へと向けられる。

「『時計』を贈るってのには、いくつか意味があるらしい」

「意味ですか」

 同じように俺もそちらを見やったところで傍らから言葉が落とされて、俺はもう一度隣へ視線を向けた。
 ベックマンの方はこちらを見ることも無く、ただ煙草をふかしながら言葉を続けている。
 
「『同じ時を歩みたい』だとか、『お前の時間を拘束したい』だとかな」

 恐らく『生まれ時計』の話と共に聞いたんだろう言葉を紡いでから、そこでようやくちらりとその目がおれを見た。

「それで、それは『どっち』なんだ?」

 つい先ほど、店から出る時に寄越されたのと似た問いかけに、俺は思わず手元の紙袋を見やる。
 その中にいるだろう懐中時計の重みを掌で確かめたところで、半分ほどいなくなった煙草を指でつまんで降ろしたベックマンが、壁際からその背中を離した。

「お頭、そろそろ時間だ」

「お、そうか」

 時計も見ずに寄越された言葉に、シャンクスが応じる。
 それから最後に『じゃあなマルコ』と言葉を置いて、片腕の海賊団船長とその相棒は俺達より先にその場を離れていった。
 歩きながら何かを話しているようだがよく聞こえないままで、手前の角を曲がった二人の姿もすぐに見えなくなる。

「…………何なんだよい」

 後に残されたマルコが、酒瓶を片手にぽつりと呟き、自分の手元をじろりと睨んだ。
 そうして、それからすぐさまその顔がこちらを向く。

「ナマエ、赤髪にそうほいほいついてくんじゃねェよい」

「そうは言うが、本当にたまたま偶然会っただけなんだ」

 寄越された言葉へそう返しつつ、俺も壁際からマルコの方へと移動した。
 スリに奪われていたという俺の財布を取り返してくれたのもシャンクスだったのだから、俺としては会えたのは幸運だったとも言えるだろう。

「それに、どうしてそんなにシャンクスが嫌なんだ?」

 確かに随分と強引だが、シャンクスはそう悪い海賊ではないような気がする。
 初対面の俺を『酒屋』探しに付き合わせたような男性だし、人の都合なんてまるで無視だったが金払いは良かった。
 『鷹の目』やら『白ひげ海賊団』やらにあの店の話をしたのも多分彼だし、そういえば、もしもシャンクスがいなかったら、俺はマルコと再び会うことなんて出来なかったのではないだろうか。
 何度も『赤髪海賊団』に誘われるから、なんて理由だけであんなに噛みつくだろうかと見やった先で、むっと眉を寄せたマルコが言葉を零す。

「……あいつがこの前……」

「ん?」

「…………何でもねェよい」

 何かを言いかけて口を閉じたマルコに、少しばかり困惑した。
 しかし、言いたくないと言いたげに口を閉じられてしまうと、そこで無理やり話を聞き出そうというのも何となく違う気がする。
 だから、そうか、と一つ頷いて、俺は手に持っていた紙袋を抱え直した。

「それじゃあ、船に戻るか」

 きっと仕事を放ってきたに違いない相手へそう言えば、そうだねい、とマルコが頷く。
 それからその目が俺の手元を確認して、わずかに不思議そうにその目を瞬かせた。

「それ、何だよい?」

 放たれた軽い問いかけに、それ、で示された自分の手元の紙袋を確認する。
 きちんと口を閉じられたその中身は、外側からではまるで分からないだろう。
 少し考えたが、いつだったかのように隠そうとしても開示を求められるだろうと予想して、俺は素直に口を動かした。

「その手元の酒と同じで、マルコの誕生日プレゼントだ」

 そういえば、マルコはシャンクスに礼を言っていただろうか。
 言っていないのだとしたら後で礼状を書くよう提案するか、まだ島にはいるだろうからレッド・フォース号を探すかした方がいいのかもしれない。
 俺のそんな考えなど知る由もなく、へえ、と呟いたマルコの顔から先ほどまであった不機嫌が消える。
 その手がひょいと伸びてきて、俺の手の紙袋を掴まえた。

「まだ包装が済んでいないぞ」

「包みが立派でもしょうがねえだろい。中、見てェよい」

 奪われたプレゼントを見ながら俺が言い放つと、そう言い返したマルコの手が紙袋の口にかかる。
 その上で窺うようにちらりと見やられて、俺は軽く肩を竦めた。
 それから手を伸ばして紙袋を取り返し、追いかけてきたマルコの手へと改めてそれを差し出す。

「それじゃあ、少しだけ早いが。誕生日おめでとう、マルコ」

 恐らく『家族』の誰より早く伝えただろう俺の言葉に、ありがとよい、と素直に返したマルコの手が、俺から紙袋をしっかりと受け取った。
 すぐに紙袋の口が開けられ、中からひょいとペーパーウェイトが取り出される。
 安物のそれを嬉しそうに眺めてから、もう一つ入っていると気付いたマルコがペーパーウェイトを中へと戻し、先程買ったばかりのプレゼントを掴み上げた。

「……時計?」

「『生まれ時計』というそうだ」

 明日になったら日付を設定しような、と言った俺に、マルコがぱちりと瞬きをする。
 それから、もう一度手元の懐中時計を見て、それからぽつりと呟いた。

「…………『時計』かよい」

「ん?」

「…………『どっち』かなんて、聞くのは野暮ってもんかねい」

 小さな声がしっかりと耳に届いて、わずかに戸惑う。
 まさか、マルコもあの『意味』を知っていたんだろうか。
 そうだとすると、少し不味い贈り物だったのかもしれない。
 『同じ時を歩みたい』だとか、『お前の時間を拘束したい』だとか、そんなプロポーズ紛いだったり独占欲の現われのような意味を、異性からならともかく、同性に渡されても困るだけだろう。
 そんな意味を込めたつもりがなくても、相手が『そう』と受け取ってしまったらと思うと、わずかな冷や汗が背中ににじんだのを感じた。
 俺が『同性』を恋愛対象にしていることなんて、『家族』は誰も知らない。
 言うつもりも無いから、これから先だって知られたくはないことだ。

「…………昔、俺も父親から貰ったことがあるんだが」

 誤魔化すように俺の『思い出』を口にすると、マルコがその目を丸くした。
 俺はあまり『昔』の話をしないからか、顕著な反応に少しばかり笑いつつ、そのままで口を動かす。

「あの時の時計は、『より勉強に励め』って意味だったらしい」

 お袋に言われた言葉をそのまま口にすると、じっとこちらを見ていたマルコの目がわずかに眇められ、またしても少しばかり不機嫌そうな顔になってしまった。

「ガキ扱いかよい」

「そういう意味じゃないんだ。ただ、マルコの机にあったら似合いそうだと思って」

 よかったら使ってくれると嬉しい、と言葉を続けてみると、少しばかり手元を睨み付け、それからじろりとこちらを見たマルコが、仕方なさそうに肩を竦める。
 その手が紙袋の中へと俺の贈り物を放り込んで、そうして近寄ってきたマルコの手が俺の腕を掴まえた。

「まァ、ありがとよい、ナマエ。大事に使うよい」

「ああ、そうしてくれ」

 頷いた俺の腕を引いて、『帰るよい』なんて言葉を紡いだマルコについて、俺も歩き出す。
 翌日の朝、どうしてか俺の枕元にはマルコへ贈ったのとよく似た懐中時計が置かれていて、俺は生まれて初めて、他人の誕生日に『プレゼント』を贈られた。
 仕返しなのかとも思ったが、折角なので大事に使いたいところだ。



end


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