誕生日企画2015(2/3)
※
「へェ、マルコの誕生日か」
あいつ十月生まれだったんだな、なんて言いながら傍らを歩く相手に、俺は軽く頷いた。
相変わらず自由にしているらしい赤髪の海賊が、ついていくと言ってその言葉を実行したからだ。
一人でどうしたんだマルコは一緒じゃないのか、から始まった質問に答えていたら、どうやらシャンクスが知らないらしいマルコの情報が開示されてしまった。
それじゃあおれも何か買おう、なんて言ってくる辺り、シャンクスはずいぶんと不死鳥と呼ばれる海賊に対して友好的だ。
「それで、プレゼントは見つかったか?」
一緒に店を冷かすようにしながら歩いて、その途中で購入した小さい酒瓶を片手で揺らすようにしながら尋ねてきたシャンクスに、俺は肩を竦めた。
「今のところはまだ」
「こういうのは、選ぶのに苦労するんだよなァ」
人の目の前で俺より先に『マルコ』へのプレゼントを決めた相手の発言に、そうですねと俺は頷いた。
つい先ほどの露店で買ったペーパーウェイト入りの紙袋を持ってはいるが、さすがにこれだけをプレゼントにするわけにもいかない。値段で優劣を決めたりだとかはしたくないが、もう少しいいものを贈りたいだなんていうこれはただの自己満足だ。
俺の様子に同じく頷き、ああそうだ、とシャンクスが口を動かした。
「せっかくだ、どうせなら時計なんてどうだ?」
「時計?」
「前にベックが、何か意味があるとか言ってたぞ」
「意味……」
放たれた言葉に、ふむ、と俺は顎に手をやった。
そう言えば、昔親父から腕時計を贈られたことがある気がする。
『勤勉に』なんて意味があるとお袋に教えられて笑いながら腕に巻いたあれは、家族を失った時に家のどこかへ仕舞い込んだから、そのまま『元の世界』へ置いてきてしまった。
この世界では、時計を贈ることに別の意味があるんだろうか。
そうだとしたら、マルコに渡す前に意味合いを確認したいところだ。
「どういう意味なんですか」
だからそう尋ねると、あー、と声を漏らしたシャンクスが少しばかりこちらから目を逸らした。
何だっけか、と続いた言葉に、少しばかり抱いた期待を蹴飛ばされる。
「まあ、そんなに悪い意味じゃァなかったぜ。ナマエに貰ったら、マルコならそりゃあ喜びそうな、そういう奴だった」
「……はあ」
どうしてそこまで分かっていて、内容をおぼろげにしか覚えていないのだろうか。
よく分からないでいる俺の隣で、とりあえず時計を選びに行こうぜ、なんて言ったシャンクスが、俺を置いて勝手に路地へと曲がる。
「さっき向こうにでけェ時計屋を見かけたんだよ」
そんな風に言いながら離れていく相手に付き従うように追いかけると、ちらりと俺を肩越しに見やったシャンクスは、笑いながら口を動かした。
「そういやナマエ、おれは三月だ」
「え?」
「あとミホークの奴も」
同じ誕生日なんだと続いて寄越された言葉に、どうやら自分の誕生日を宣言されているらしいと気が付いた。
もしやこれは、祝ってくれと言われているのだろうか。
しかし、よその船の船長であるシャンクスの誕生日を祝おうだなんて思ったって、航海士でも無ければ操舵を任されているわけでもない俺がどうにかできるわけもない。
「……まだ先ではありますが、おめでとうございます」
『鷹の目』さんにもよろしくお伝えください、ととりあえず祝福の言葉を述べると、今言うのかよと笑ったシャンクスが路地の先で足を止めた。
どうやら裏通りへ続いていたらしい路地の向こうには、大通りより多少さびれた少し広い通りがある。
「あー、こっから、右だったか左だったか……」
どうやら行き先の方向を悩んでいるらしく、通りの向こう側を確認してうーむと唸ったシャンクスの背中を眺めたところで、俺を放って誰かを見つけたらしい彼が、お、と声を上げる。
それから先に路地を出て行った相手を追いかけて、俺もするりと裏通りへと抜け出した。
「おーいベック」
「……お頭か」
軽く手を振って近寄っていくシャンクスの目的地に立っていた男性が、煙草の煙をくゆらせながらシャンクスの方へと顔を向ける。
何とも苦労していそうな顔の彼は、確かシャンクスのところの副船長であったはずだ。
その視線がシャンクスを見て、それからちらりとその後ろを歩く俺へ向けられ、その手で口に咥えていた煙草をつまむ。
「連れてきたのか。不死鳥にドヤされるんじゃねェのか」
「マルコには『内緒』の用事だ」
シャンクスへと視線を戻し、煙草の煙と共に吐き出してきた相手の言葉に、シャンクスが笑いながらそんな風に言葉を紡いで、お前も付き合え、と台詞を続けた。
それを聞いてもう一度ちらりとこちらを見やったベン・ベックマンが頷くのを、俺は後方から見守っていた。
※
シャンクス達は、恐らく間違いなく『白ひげ海賊団』より長くこの島にいるんだろう。
ベックマンによって案内された店へとたどり着きながら、俺はそんなことを考えた。
確かにシャンクスの言う通り『大きな店』である店舗にはたくさんの時計が飾られていて、僅かな音を立てながら静かに時を刻んでいる。
壁掛けのものや柱時計、置時計や体を飾る装飾品のようなものまであるそれらのうちで、俺の目を一際引いたのは一列に並べられた懐中時計達だった。
分かりやすく丸いアナログ表示のそれの文字盤に、時間を現すものとは別で一列の数字が並んでいる。どうやらその数字は回るらしく、一番右の数字が六から七になろうとしていた。
何だろうこれは、と見つめていると、傍らへ近寄ってきたシャンクスが俺と同じものを見下ろす。
「それは『生まれ時計』ってェ名前らしい」
「『生まれ時計』?」
放たれた聞きなれない単語に、俺は視線を傍らへと向けた。
頷いたシャンクスが、ひょいと持ち上げた懐中時計を片手に、ベック、と少し離れたところに立っている相手を呼ぶ。
先ほどシャンクスが買い求めた品を片手に持ったまま、仕方なさそうに近付いてきたベン・ベックマンが、シャンクスの手にある懐中時計を見やってわずかに首を傾げた。
「どうかしたのか」
「これ、『生まれ時計』ってんだろ? ナマエに説明してやってくれ」
「そんなのは店主に任せたらどうだ」
シャンクスの言葉を受けて、何とももっともな言葉が返される。
確かにそれもそうだと視線を動かした俺は、店の奥の清算所で船を漕いでいる店主を見つけ、そっとそちらから目を逸らした。
客が三人も来ているというのに、どうして眠れるんだろうか。
しかも三人とも海賊なのだ。そこいらの万引き小僧よりよっぽど警戒するべき相手のような気がする。
俺と同じように店主の方を見やったベン・ベックマンが、仕方なさそうにため息を零して、それからこちらへと視線を戻した。
「そいつは、通常の時間以外に『日数』を記録するらしい」
文字盤にある数字がそうだと寄越された言葉に、俺はいくつか並んでいる懐中時計を改めて見下ろした。
「生まれた日を設定して動かして、死ぬまで手元に置いて、死んだら棺桶に放り込む。昔この島で流行っていたらしいが、今で言うと骨董品の類だろうな」
「よくご存じですね……」
「昨日、綺麗なお姉ちゃんに教えて貰ったんだよなァ?」
低い声でさらりと説明をしてくる相手に感心すると、俺と彼の間に挟まるようにして立っていたシャンクスが笑う。
それを受けてどうでもよさそうに肩を竦めた相手をよそに、なるほど、と俺は一つ頷いた。
確かに、あまり見ない類のものだ。
少し古びた雰囲気があるのも、骨董品と呼ばれるにふさわしい気がする。
これをマルコが机の端にでも置いていたら、と想像してみると随分と似合っているように思えた。
「それじゃあ、これにします」
並んでいる懐中時計達のうち、一番マルコに似合いそうな装丁のものを掴まえて呟く。
それからそのまま店主の方へと近寄って、眠り込んでいる店主の前にそれを置いた。
すみません、と何度か声を掛けて、ようやく目を覚ましてくれた店主を相手に勘定を済ませる。
日付や時間のいじり方を軽く確認することは出来たが、さすがに包装を頼めるような雰囲気ではなかったし、先ほど購入したペーパーウェイトもあるから、よそで綺麗な箱なりを買おう。
そんな風に決めて、随分軽くなった財布を仕舞いながら懐中時計を持っていた紙袋へ入れたところで振り返ると、すでにシャンクスは先に店を出ていくところだった。
その後を追いかけていくベン・ベックマンの後ろへついて、俺も店を出ていく。
「そういや」
店の中にいる間は吸わなかった煙草を取り出してから、ちらりとベックマンの目がこちらを見下ろした。
何だろうかとそれを見やれば、それ、と言葉だけで俺の手元のものを示した彼が、煙草に火をつける。
「さっきお頭に聞いたんだが、その『時計』は不死鳥マルコに渡すのか?」
「え? ああ、はい。誕生日プレゼントで」
「どっちの意味だ?」
「……どっち?」
まるきり興味本位と言った風な問いかけに、わずかに目を瞬かせる。
俺のそんな顔を見て、何かに考えが到ったらしい相手が更に口を動かそうとしたところで、ばさり、と何かの羽ばたく大きな物音が真上から響いた。
それと共に店から出たばかりの通りに大きな影が落ちて来て、驚いて真上を見あげる。
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