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君の贈り物
※君シリーズのまったり主人公とマルコ




「マルコ、もうすぐ誕生日だな。何が欲しい?」

 日付を確認して正面から尋ねた俺に、今年は訊くのかよい、とマルコが軽く笑って言った。
 隠しごとをされるのは嫌なんだろう、と去年のマルコを思い返して言いながら、まあ、と言葉を続ける。

「必ず欲しいものをやれるとは限らないんだが、言えるだけ言ってくれ」

 物を買うには金が要る。
 それはこの世界に置いても基本的な常識で、一般的な民間船からは略奪を行わない良識的な海賊団にとっても同じことだ。
 船に乗っている間は金を使わないから、渡されていたベリーは殆どそのまま残っている。
 あの島で稼いで使わなかった分のベリーも合わせればそこそこの金額にはなっているが、かといってそれで何でもかんでも買ってやれるわけがない。
 それに、多分俺よりマルコの懐の方が温かいだろう。欲しいものは自分で手に入れることが殆どの相手を見やれば、そうだねい、とマルコがこちらから目を逸らした。
 向かい合ってベッドに腰掛けたまま、その手が軽く顎を擦って、それから、ああ、と小さく言葉を紡ぐ。

「ナマエの持ってるもんが欲しいよい」

「俺の?」

 言葉と共に視線を向けられて、俺は軽く首を傾げた。
 何が欲しいんだ、と尋ねれば、正面のマルコが『何でも』と答える。
 何でも、というのははたして答えになっているのだろうか。
 戸惑う俺の正面で、マルコの口ににんまりと笑みが浮かぶ。

「他の奴が持ってない、ナマエだけのもんが欲しい」

 期待してるよい、と寄越された言葉に、俺は頭を悩ませることになってしまった。







 マルコの発言のあくる日、マルコと共に部屋を出て作業を行った後、先に部屋へと戻れた俺は、ひとまず自分の荷物を検めた。
 しかし、俺の持ち物は基本的に少ない。
 いくらかあの島から持ち込みはしたが、最初はもっと早くにこの船を降りているつもりでいたので、もともとの荷物だって少なかった。
 もちろん島々で買い足した物や貰い物もあるが、装飾品の類はない。そしてその殆どが日用品なので、人へ贈るには気が引ける。
 どうしたものか、と考え込んだ俺の視界に、ふと棚の奥の物が入り込んだ。
 は、と気付いてそちらへ視線を向けて、ああ、と小さく呟く。

「これがあった」

 呟き手を伸ばしたのは、俺がこの船に持ち込んだ一番の大物である衣装ケースだった。
 中身は基本的に、小さかった『マルコ』の私物だが、一つくらい俺の私物が紛れ込んでいるかもしれない。
 そう判断して手を動かし、奥からケースを引っ張りだす。
 ずっと奥に置いてあったケースにはうっすら埃が掛かっていて、締め切った室内で触っていてはくしゃみが止まらなくなりそうだと判断して、俺はそのままそれを抱え上げた。
 それなりの重量があるそれを抱えて、そのままふらりと部屋を出る。
 少しだけ考えて、俺のつま先が向かったのは船尾側のデッキだった。今日の清掃は終わっている筈だし、散らかしても片付ければ問題ないだろう。
 どうした引っ越すのか、なんて笑って言葉を寄越すクルー達の何人かとすれ違いながら、途中で汚れ物を拭くための濡れタオルや普通のタオルも入手して、船内から外へ出る。
 見上げた空は青く澄み渡っていて、まだしばらくは晴れだろうと予想させる天気だった。
 もちろん、ここはグランドラインと呼ばれる恐るべき海の上だから、自分の勘があてになるとは限らない。
 もしも雨が降ってきたらすぐに避難できるように、入り口近くにケースを降ろす。
 珍しく、船尾側には人影が見当たらなかった。
 そろそろ昼食時だから食堂にでも集まっているのかもしれない。俺はマルコと昼食を約束したので、まだ食事をとるまで一時間程度の時間がある。

「……さて」

 小さく言葉を零してから、俺はとりあえず衣装ケースの外側を拭いた。
 濡れたタオルで擦れば埃がまとまって、やっぱり結構汚れてたんだな、と把握する。これが密閉できるケースでなかったら、中身だって無事では無かったかもしれない。恐ろしい話だ。
 ある程度拭き取って、最後に手元の汚れを服で擦って落としてから、両手でケースのふたを開けた。
 軽く音を立てたケースのふたをそのまますぐそばの壁に立てかけて、中身をのぞき込む。
 出来る限りすべてを積めようと努力したので、中に入っている『小さな頃のマルコ』の私物は随分きっちりと収まっていた。
 上の方の衣類は何度かケースから出し入れしたことがあるので、それらをとりあえず手に取って、床の上に敷いた乾いたタオルの上に重ねる。
 いくつか同じようにやってケースの中を掘っていくと、今度はあれこれと玩具が現れた。
 ブロック同士を組み合わせて形を作るような物から、袋に入れた小さな靴、半分ほど使われたクレヨン、折れたまま張り付いた画用紙まで様々なそれらを確認しながら、一つ一つ床に広げていく。
 持ってきたタオルは大きめだったが、それをめいいっぱいに使っても足りない。仕方なく上に重ねながらさらにケースの中身を取り出して、ついに俺の手は衣装ケースの底に触れた。

「……無いのか」

 殆どからになってしまった衣装ケースを見下ろして、ぽつりと呟く。
 そこに入っていて取り出した物は、どれもこれも『マルコ』のものだった。
 この衣装ケースはそのために使っていたのだから当然なのだが、在りし日の俺は、よほど徹底的に選別して片付けたらしい。
 取り出した物はどれもこれも、あの頃の『マルコ』がどうやって使っていたかを思い出せるものばかりだった。
 青い靴や青い服は『うみいろ』だと喜んでいたし、小さなバケツは砂の城を作ると張り切っていた時のものだ。クレヨンを使って窓ガラスに落書きをしていたし、小さなスプーンやフォークを使って一生懸命物を食べていたのも覚えている。
 どれもこれも懐かしいが、しかし今、俺が求めていたものじゃない。

「どうするか……」

「何がだよい?」

 やれやれとため息を零しつつ片手を衣装ケースの端に乗せると、誰かが俺へ言葉を落とした。
 聞き覚えのあるそれに顔を上げれば、船内へ続く扉がつけられた壁の上で、屈んでこちらを覗き込んできている人影がある。
 膝を折り曲げたマルコは、じっと窺うようにこちらを見つめて、どうしてか少しばかり眉を寄せていた。

「マルコ、作業は終わったのか?」

 そんなに時間は経っていないと思ったのだが、もう一時間も経ったのか。
 尋ねた俺へ向けて、ナマエが変なことしてるっつうから見に来たんだよい、と呟いたマルコがぴょんとそこから飛び降りた。
 途中でその腕が炎を纏った翼になり、ばさりと一度羽ばたいて体を浮かせてから、その足が甲板の上へと着地する。
 すぐ真横にやってきたマルコを見上げていると、マルコが屈んで隣から俺の手元を覗き込んだ。

「わざわざ部屋から出してきて、荷物の整理かよい」

「部屋でやると埃っぽくなりそうだったからな」

 問われた言葉に返事をしつつ、汚れてしまった濡れタオルを指差す。
 ちらりとそちらを見やったマルコが、ふうん、と相槌を打った。
 何とも気の無い声に、どうしたのかと首を傾げる。
 そのままじっと見つめていると、やや置いて俺が広げた荷物に手を伸ばしたマルコが、端に置かれていたブロックの玩具を手に取った。

「……何だか懐かしい気がするねい」

「まあ、それは『お前』の玩具だからな」

 引き寄せたブロックを眺めるマルコへ言いながら、とりあえずケースの中身を全て出す。
 空になったそれを逆さにして、中に入っていた小さなゴミを落とした後、置いてあった濡れタオルを掴まえて、折り曲げた裏側の綺麗な面でケースの中を拭き取った。
 この陽気ならすぐに乾くだろう、と拭き終えたケースを元通りに戻したところで、おれの? とマルコが声を漏らす。
 見やったその顔は不思議そうで、それで遊んだことを覚えていないらしいことを俺は理解した。
 しかし、それも無理のない話だ。
 俺にとっては数年前のことでも、マルコにとっては十何年も前のことになる。
 小さかったあの子供がこんなに大きく育つまでの時間、マルコの手元には写真すら無かったのだ。
 俺だって、自分が子供の頃のことを事細かに覚えているわけじゃない。

「……それで、『これ』をくれんのかい?」

 ケースが乾くのを待ちながらそんなことを考えた俺の横で、屈みこんだ姿勢のままのマルコがちらりとこちらを見た。
 窺うようなその視線に、軽く肩をすくめて応える。

「『それ』はやれない」

「なんでだよい」

「もともと、このケースの中身は『マルコ』のだからな」

 自分のものを誕生日プレゼントにされるだなんて、そんな酷いことをしていい筈がない。
 俺の言葉にぱちりと瞬きをしてから、マルコの目が出されているケースの中身の方へと向けられた。
 綺麗なタオルの上に重ねられ、元通りになるその時を今か今かと待っている溢れた荷物を順に眺めて、まさか、とその口が言葉を紡ぐ。

「これ、全部かよい」

 思わず、と言いたげなその問いに、ああと俺は頷いた。

「一つくらい俺のものが紛れてるんじゃないかと思ったんだが、入ってなかった」

 つくづく、あの島で『元の世界』から持ってきた私物の殆どを処分したのが悔やまれる。
 壊れた携帯や折れたカードに使い道は無いが、この世界で通用しない『通貨』なら、少しは物珍しかった筈なのだ。
 今の俺が『元の世界』にいた頃から変わらず所持しているものなんて、この体以外はこの衣装ケースくらいしかない。
 そんな風に呟きつつ、ケースの渇き具合を見ようと手を伸ばした俺の横で、何でこれの中身だけ後生大事にしてんだよい、と呟いたマルコの手が、持っていたブロックをタオルの上へと戻した。
 何でって、と口を動かしながら、軽く頭を掻く。

「これが、『お前の』だったからに決まってるじゃないか」

 マルコがいなくなった後、俺の生活は元に戻って行った。
 子供がいなくなった後は売るなり廃棄するなりしようと思っていたのに、それが出来なかったのは俺自身の感傷によるものだ。
 馬鹿馬鹿しいと思っても、どうしてか捨てられなかった。
 今思うに、捨ててしまったら『マルコ』のことも忘れてしまうんじゃないかと、そんなことを考えていたんじゃないかと思う。
 あの古びた青いプラスチックのコップをマルコが残していたのだって、きっと同じ理由だろう。
 俺の言葉を受け止めて、マルコがぎゅっと眉を寄せる。
 その口が何か言いたげに少しだけ開かれて、しかしその何かを紡ぐことなく閉ざされた。
 それからやや置いて、その口が小さくため息を零す。

「…………それで、これが全部おれんだって言うんなら、ナマエはおれに何をくれるつもりなんだよい」

 それからそんな風に寄越された言葉に、そうなんだよなァ、と小さく呟いた。

「他の物じゃ駄目なのか」

「人にリクエストさせといて、そりゃねェよい」

 訊ねてみても、マルコから寄越されるのはそんな言葉だ。
 しかし、この衣装ケースの中に俺の私物が入っていなかった以上、俺がマルコに渡せる『俺の物』なんて、本当にほんの少しの物しかない。しかも日常的に使っているものばかりだ。そんなものを貰って何か嬉しいだろうか。
 小さく唸って考えた俺の横で、マルコがその口に笑みを浮かべる。

「いいから大人しく、おれにオサガリ寄越せよい」

 そうして寄越された言葉に、はた、と思い出して視線を向けた。

「……何だか昔も、そんなことを言ってなかったか?」

 俺が着せたサイズの合わないシャツを、自分のものだと主張していた子供を思い出す。
 あんまりこだわるから『やる』と言ったら、小さかったマルコはとても嬉しそうな顔をしていた。
 俺の言葉に、そんなことがあったかとマルコは首をかしげているが、俺はしっかり覚えている。
 なるほど。本当に、ただの日用品でいいのか。

「…………いや、しかし、誕生日プレゼントがおさがりって言うのはどうなんだ」

「当人がいいって言ってんだろい」

 思わず呟いた俺の横で、マルコがはっきりとそう主張する。
 その言葉に納得していいのかどうかも分からないまま、とりあえず俺は、部屋に戻ってもう一度私物を確認しようと心に決めたのだった。



end

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