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 どうにかかすれた声で言葉を紡いで、俺は犯罪者さんと自己紹介を済ませた。
 犯罪者さんは『マルコ』と言って、海軍との戦闘中に油断して捕まってしまって逃げ出してきた、らしい。
 海軍に捕まって、という時点で俺の中でマルコが犯罪者であることは確定したが、それよりもマルコが自分を海賊だと言ったことのほうが気になった。
 海賊。
 そうして海楼石。
 それから、海を泳ぎまくっているあの大きな化け物。
 なんだか、とてもよく知っているような気がするのだ。
 俺がいた世界の、俺がいたあの部屋に積んであった漫画のうちの一つが、そういう単語をよく並べていたのだと、俺はさっきようやく思い出した。
 ワンピース。
 そんな名前だった筈だ。いや、英字表記だった気はするけど。
 だとすると、見たことのあるマルコは、どこかに出てきたキャラクターだったのかもしれない。

「それで、ナマエはどうしてこんな島にいるんだよい?」

 ごろりと砂浜に転がったままで、マルコが俺へ向かって言葉を放った。
 それを聞いて、まだうまく動かない舌を必死に動かしながら、俺は返事をする。

「……わから、ない。寝てて、気付いたら、ここに」

 ある朝眼が覚めたら、俺はこの島に倒れていた。
 意味が分からず、最初は夢なのだと思ったくらいだ。
 けれども夢の中にしてはお腹が空くし、夢の中にしては食べ物が美味しいし、夢の中にしては何かを食べて空腹が満たされた。
 そうして夢の中にしては、長く世界が続きすぎた。
 三日で『この世界夢論』を諦めた俺は、それからはずっと、いつかあの世界に戻れる日を夢見てこの島で生きていた。
 この島にはあちこちに、日本製のゴミが落ちていた。
 ペットボトル、電池の切れた携帯、誰かの鍵、日本語で書かれた文字の入ったゴミ。
 それらは、海からは決して流れ着かないものだ。
 つまりこの世界でこの島だけが俺のいた世界とつながっているのだと思うから、島から出ようとは思わなかった。
 何より、海にはあの化け物たちが生息しているのだ。
 いかだや小船で出たって、ぱくんそれまでよ、である。それは断る。
 嫌な想像にふるりと体を震わせた俺の横で、そうかよい、とマルコが少しばかり痛ましげな顔をする。
 多分、マルコは俺のことも漂流者だと思っているに違いない。
 ある意味では当たっているが、浜に落ちていたわけではないので、正解とも言えない。
 じっとその目を見返して、俺はそれから視線をマルコの両手へ向けた。
 マルコの手錠は海楼石で、マルコはさっき、自分を能力者だと言っていた。
 海楼石と言えば、あれだ、スモーカーの十手の先端に仕込まれていてルフィがへろへろになっていた奴だ。
 つまり、マルコは今、あの時のルフィと同じような状態なんだろう。いまだに砂浜に転がっているのも頷ける。

「……鍵、ある?」

 見つめて尋ねると、無ェよい、とマルコがあっさり答えた。
 お前はそれでいいのか。

「まァ、うちのクルーになら海楼石も切れる。船へ戻るまでの辛抱だよい」

 またもあっさりと言うので、そうか、と俺は頷くしかなかった。
 マルコがそう言うなら、そうなんだろう。
 部外者の俺が何やかんや言っていいことじゃない。
 そう結論付けて気にしないことにし、落ちていたペットボトルを念入りに漱いでから汲んだ水を、マルコのほうへ差し出した。

「……飲む?」

 尋ねた俺を見上げて、マルコが頷く。
 そうして寝転んだまま両手を伸ばしてきたので、俺は小さく息を吐いた。
 その手にペットボトルを持たせて、それをそのままマルコが傾けるよりはやく、その肩を掴む。

「ナマエ?」

 不思議そうな声を出したマルコの体をひっぱって起こすと、マルコの背中からぱらりと砂が落ちた。
 そのまま後ろへ回って、マルコの体を支えてやることにする。

「寝たまま飲む、と、危ない」

 気管に水が入ってむせられても困る。
 俺の言葉に、すまねェない、とよく分からない言葉を寄越して、マルコはごくりと水を飲んだ。
 それを後ろから眺めながら、適当に背中の砂を払ってやる。マルコの体はまだ湿っていて、砂は払っても払ってもきりが無いくらい張り付いていた。
 ちゃぷん、と音を立ててペットボトルを下ろしたマルコが、ん、と声を漏らしつつ俺のほうへペットボトルを寄越す。
 受け取って、傍らにおいてから、俺はマルコの手にさっき取ってきた果物を乗せた。
 不思議そうにそれを見たマルコが、少し考えるようにしてから、それをそのまま口へ運ぶ。
 ふわりとその場に漂った匂いに、マルコがちゃんと果物を食べ始めたことを把握しつつ、俺は口を動かした。

「マルコ、これから、どうする?」

 先ほどの口ぶりだと、船へ戻るつもりではあるらしい。
 けど、こんな体も満足に動かないような状態で海に出るのは危険だろう。
 何よりマルコは悪魔の実の能力者なのだから、例えばいかだや小船を作ってから行くにしても、海に沈めば一発で終わりだ。
 いや、その前に、確か海王類なんて名前だったあの化け物達によってぱくりとやられてしまうに違いない。
 俺の言葉に、そうだねい、と呟きつつ、マルコは果物を食べ終えたようだった。早いな。

「この状態で海に出るのは馬鹿のすることだからねい。海軍の船は沈めたし、オヤジ達もおれを探してんだろい。狼煙でも上げて、迎えを待つとするよい」

「そ」

 船を沈めたとか、やっぱりマルコは犯罪者さんだ。
 海に沈んであの化け物達に食べられただろう海軍さん達のご冥福を祈って、俺はとりあえずマルコの背中から手を離し、海へ向かって両手を合わせておいた。




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