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20



 『マルコ』や自分たちの服に『リリカモドキ』の種が付いていないかを確認してから、俺達はそのまま町へと戻った。
 子供が汚した服の代わりを買ってそれを着せてから、軽く腹ごしらえをした後で、船へ戻ることにする。
 ついでに何か土産を買っていくか、と提案した俺に、頷いた二人のマルコが揃って選んだのは酒瓶だった。
 二人の意見がぴたりと一致したので、その酒瓶で即決だ。白ひげへの土産であるらしい。
 相変わらず、かの船長は『息子』達に愛されている。
 しかし、買った酒瓶を見上げた子供が両手を伸ばしてきているのは問題だった。

「ん!」

「…………いや……」

「オヤジにおみあげ! マルがもつよい!」

 言い放ち、届かないのにぴょんぴょんと飛び跳ねている『マルコ』へ、いいやと首を横に振る。
 大きさだけなら子供でも持てそうなサイズではあるが、何より、酒瓶は重いのだ。
 持たせて落として割ってしまったら、泣いてしまうのはこの子供に間違いない。
 俺の確固たる拒絶に、『マルコ』がむうと口を尖らせた。

「マル、もつよい……っ!」

 ついでにうるりと目を潤ませられて、う、とたじろぐ。
 どうしたものかと傍らに助けを求めると、俺と子供のやり取りを見ていたマルコが、怪訝そうな顔をした。

「持つっつってんだから、持たせてやりゃあいいだろい」

「おっきいマルコいいこといったよい!」

「いや、マルコ……」

 なんということだろうか、味方だと思った相手に裏切られてしまった。
 衝撃を受けている間に、俺の手からマルコによって奪われた酒瓶が、一生懸命手を伸ばしてきていた子供へと差し出される。
 しゃがんできちんと酒瓶を持たせてから、マルコが目の前の子供を見つめた。

「いいかよい、これはガラス瓶なんだから落としたら割れる。ちゃんとオヤジに届けるんだ、転んだり落としたりするんじゃねェよい」

「ん!」

 寄越された言葉にこっくりと大きく頷いて、小さな手がぎゅっと酒瓶を抱きしめる。
 その手に触れて疲れない持ち方を教えてやってから、よし行くよい、と声を掛けたマルコが膝を伸ばした。
 よたよた歩きだした子供のすぐそばに並んだマルコにちらりと視線を寄越されたので、俺もマルコとちょうど反対側に当たる子供のそばに足を運ぶ。
 三人も並んでいると少し他の通行人の邪魔になりそうだったが、大きい通りを選んでいるからか、それほど迷惑そうな顔をしてこちらを見てくる人はいなかった。
 もしかしたらマルコが横にいるせいかもしれないが。
 途中であちこちの屋台を少しばかり冷やかしながら、よたよたと足を運ぶ子供とともにモビーディック号へと帰る。
 そうしてたどり着いた甲板で、ふいー、と息を吐いて額に浮かんだ汗をぬぐった子供は、一人で白ひげへ『お土産』を届けてくるのだと張り切って言い出した。

「ナマエとおっきいマルコはここでまっててよい!」

「一緒に行かなくて大丈夫か?」

「だいじょぶよい、マルはできるうみのおとこよい!」

 誰からそんな言い回しを習ったのだろうか。
 よく分からないが、そうまで言われては後を追いかけることもできず、俺はマルコと二人甲板に取り残されてしまった。
 とりあえず、小さな子供が大きな酒瓶を抱えていると気付いたクルーの何人かが様子を見に後を追いかけていってしまったから、後はそちらへ任せることにする。

「…………やっぱり、ナマエは甘やかしすぎだよい」

 大丈夫だろうか、と船内へ続く扉の方を見やっていたら、俺の側に佇んだマルコがそんなことを言い出した。
 午前中にも町中で聞いたようなセリフに、首を傾げてマルコを見やる。
 俺の方をちらりと見やってから、マルコは肩を竦めた。

「いくら子供でも、そんなになんでもかんでもやってやる必要はねェよい」

「別に、なんでもかんでもやっているとは思わないが……」

「そうかい? ナマエ、あいつにつきっきりじゃねェかよい」

 それは、俺が白ひげに任されたからではないだろうか。
 そう反論しようとして、けれど白ひげに何か言われたのでなかったとしても、自分は今のようにあの小さな子供を構っていただろうと思い至り、口を閉じる。
 俺を信頼して見上げてくるあの瞳を、裏切ることなんてできるはずもない。
 しくしく泣かれてはつらいことだって知っている。
 『あの顔』の『あの子供』には、できることなら常に笑顔でいて欲しいのだ。
 何と答えるべきだろうかと悩んだところで、とたたたた、と小さく足音が聞こえだす。
 それに気付いて身構えた俺は、ばたんと扉を開いてまっすぐにこちらへ駆けてきた小さな影が、自分めがけて飛び込んできたのを視認した。

「ナマエ〜!!」

「っと」

 飛びついてきた小さな体を捕まえて、その勢いを殺すようにぐるりと体を回す。
 マルコを相手にやっていた動きはもはや体に染みついていて、俺はよろけることもなく飛びついてきた子供を受け止めた。
 すごいよい、と目をきらきらさせて俺を見上げた『マルコ』が、そのまま嬉しそうに笑う。

「ナマエ、オヤジがおみあげよろこんでたよい!」

「そうか、よかったな」

 嬉しそうな子供へ頷いてやりつつその体を下へ降ろせば、よかったよい! と勢いよく声を上げた子供が、その視界の端に誰かがよぎったのか俺ではない方へ顔を向ける。
 同じように見やった俺も、荷物を運んでいるサッチの姿を見つけた。

「サッチー!!」

 ぱっと俺から離れた子供が、大きく声を上げてサッチへ突進していく。
 荷物をちょうど下ろしたところだったサッチが腰にその突撃を受け、体勢を崩してばたんと大きく音を立てて倒れたのを見届けてから、ふと頬に突き刺さるものを感じて傍らを見やった。

「…………マルコ?」

 少し身を屈めていた俺を見ているマルコの視線が、どうしてだかちくちくと痛い。
 どこか不機嫌にも見える様子に、どうしたのだろうかと首を傾げた。
 ここ最近、マルコはすぐ不機嫌になる気がする。

「どうかしたのか」

「……ナマエは、おれのこともガキ扱いしてんじゃねェかい?」

「え?」

 とりあえず尋ねた俺へ、寄越されたのは唐突な言葉だった。
 一体何を考えてその言葉が出てきたのかと見つめれば、マルコがちらりと甲板の端でサッチに怒られている『マルコ』へ向けられる。
 楽しげに笑っている子供は、全く堪えた様子がなさそうだ。

「俺がやった時と、今のと、おんなじ対応だったろい」

「…………そりゃあ、まあな……」

 言われても、抱き付かれて他にとれる行動なんてないだろう。
 避けたらあの子供がびたんと甲板に体を打ち付けてしまうに決まっている。痛い思いをさせたいわけがない。
 そう思ったからこそ頷いた俺に、マルコはまだどこか不満げだ。

「それに、町でもおれとあいつを同じように扱ったろい」

「……そうか?」

 非難されても、そんな自覚はないのでよく分からない。
 俺の顔をしばらく眺めてから、やや置いて、もういいよい、とマルコがふいと俺から顔を逸らした。
 そのまま俺へ背中を向けて、やることがあるからと一言置いて歩いて行ってしまう。
 その背中を追いかけたかったが、どうしてマルコがまた不機嫌になったのかが分からなくて、俺は結局マルコを追いかけることができなかった。




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